「自炊」する日本人と「八百万の紙の国」日本

昨今「自炊」が大流行。自炊といってもゴハンつくる方じゃないですよ。

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自炊 (電子書籍) - Wikipedia

電子書籍に関する自炊(じすい)とは、書籍や雑誌を裁断機で切断しイメージスキャナ使ってデジタルデータに変換する行為を指す言葉[1]。 また、自分では器材を揃えず書籍電子化を他人である業者に依頼することを「自炊代行」[2]、「スキャン代行」[3]と呼ぶ。

もともとは自炊=自吸い=自己で吸い上げる、ゲームのROMデータを吸い上げる行為をさしたスラングだったはずですが、転用されて今に至ります。

自炊をめぐるの著作権侵害のアレコレはすでに言われつくしているので、今回は別の観点から。

まず日本人は一体何にお金を払うのか、です。

アメリカでこれだけ電子書籍が流行するのと対照的に、書籍に対して保護的な姿勢をとる日本。これは明らかにメンタリティの違いに立脚するものがあるはずです。

さかのぼれば iTunes Music Storeの時に同様の論争がありました。コピー可能な音楽データを1ドルで販売していいものか、と。

アメリカは次々と大手レーベルが iTMSに参入、意外にもすんなりとデジタルデータによる音楽流通が一般化していきその結果アップルの iPodは大流行、ソニーのウォークマンから音楽プレイヤーの代名詞を奪い去ったのは記憶に新しいところ。

この時にハッキリしたのは、アメリカ人は「サービス」「体験」に対してお金を払うということ。つまり飲み屋のジュークボックスにコインをいれて音楽をきく、のと同じように iTMSで音楽を買うのです。これはジャズバーでジャズを聞いたとき、街中のストリートパフォーマーに対してチップを払うのと同じ感覚。

一方日本人はお金は「モノ」と引き換えです。いやお金が「モノ」そのものなのです。

日本人が貨幣を使い始めた歴史は古く、708年「和同開珎」がそのはじまりとされています。

和同開珎 - Wikipedia

和同開珎(わどうかいちん、わどうかいほう)は、708年(和銅元年)に、日本で鋳造・発行された銭貨である。日本で最初の流通貨幣と言われる。皇朝十二銭の第1番目にあたる。

しかしこれはあくまでも一部の貴族が使うもの。庶民は物々交換が基本です。そしてその中でもっとも重要な位置を占めたのが、

米(穀物)、布・綿・塩、繊維製品

です。つまり租庸調。

律令制 - Wikipedia

租は、割り当てられた口分田の収穫量のうち3%を稲束で納めた。国衙の正倉に蓄えられ、地方行政の財源となった。(一部省略)

百姓は、田租以外にも調・庸などを負担する義務が課せられていた。

庸は、元来、都での労役に従事することだったが、その代替として布、米、塩などを中央へ納付する内容となっていた。

調は、男性に賦課された物納税であり、絹や布、塩、紙、染料、海草、油などの地域の特産品が納められた。調は中央の財源であり、直接、宮都に納付することとされていた。そのため、百姓の中から運搬する者(運脚という)が選ばれ、都まで運送していった。この時期に、初源的な運送業が発生していたとする見解もある。

この租庸調を用いた統治が「律令制度」であり、660年ごろから導入されて701年には大宝律令が制定・施行されています。その直後、貨幣導入されていることからさすがにモノのやりとりだけでは物流が厳しいと理解したからでしょう。

とはいえ、日本において貨幣がその主役となるのは明治時代を待たなければなりません。

明治の米騒動まで、日本において貨幣価値の主役は「米」そのものなのです。

米騒動、実際には「内乱」といっていいほどの規模のものですが、この時日本における米の先物取引市場は株式市場を上回っているほど。つまり現在の東証の出来高を軽く上回るほどの影響力をもっていたのです。

ですから長い間「お金」といえば「米」、という肌感覚が日本人にしみついたと考えて差支えないでしょう。その上でもって「買う」という行為を考えます。

米騒動の時代背景で興味深いのは、女子工員がその日稼いだ貨幣を払って「米」を買うという習慣です。つまり買うことで「米」を所有し、その米を自由に使うことができました。といっても普通は炊いて食べるだけですが、まさに「煮ようが焼こうがこちらの勝手」というものです。


富山で世界最高水準・鍛造ホイールが作られる理由 #renault_jp ([の] のまのしわざ)

社会背景としてはシベリア出兵などの好景気を背景に、米投機(先物取引)が活発化。米価が暴騰したことがあります。当時米の取引市場はなんと、株取引の出来高を圧倒的に上回るもの。明治時代は資本主義が導入されましたが、実際にはまだまだ江戸時代同様、米が貨幣価値をもち社会がまわっていたのです。

ところ主食である米が貨幣価値を持つことの弊害がでてきます。つまり米価が暴騰することで地元の労働者が米を買うことができなくなってしまったのです。

当時共働きが主流で、奥さんは女工として工場で働いてその日の給金をもらっていたそうです。この給金をもってお米を買い、その日の食事を作るという流れでした。

ところが米価が高騰し、その日もらった給金よりも1日分の米の方が高くなってしまったのです。しかも富山は米処。目の前の田んぼで作られた米がふんだんにあるというのに、米がなくて買えない、ではなく、他にもっていくから買えないという状況に。これに抗議して陳情にいったのが「米騒動」の発端。

それが「新聞」というメディアを通して全国に知られるようになり、全国規模の大暴動になったのが「米騒動」です。

米騒動の時に問題になったのが、「モノ(食べ物)」としての米と貨幣価値としての米の二面性です。先物取引により米の相場が高騰、米どころ(富山)に大量買い付けにきてほとんど買い占めることになります。つまり昨日までの値段でお米を販売しなくなり、毎日のように米の値段があがっていきます。一方工員の賃金は変わらないから、買える米の量が減る、ひいては米を買えなくなるという事態に。

このころ「脚気」が流行っていることからもわかるように、日本人は「米」しか食べてないといっても過言ではありません。特に都市生活者は副食、副采はほとんととらず、米のみです。

「米が買えなければ、大福でも食べていればいい!」(マリー・アントワネット風)

というワケにもいかず、米問屋に陳情にいったというのが米騒動のはじまりです。

『第140話』 チアミンを発見、脚気の特効薬に- 百薬一話

お米は主食としてだけではなく、薬の世界でも日本人と深い関係がある。脚気(かっけ)の特効薬として知られるチアミン(ビタミンB1)は鈴木梅太郎が1910年に米糠(こめぬか)から発見した。同時期、ポーランド人のフンクも同じ成分を分離し、生命(vital)に必要なアミン(amine)ビタミンと呼んだ。以後、食物中に微量に存在する成長と生命維持に必要な有機化合物をビタミンと呼ぶようになった。

 脚気は浮腫(ふしゅ)や運動障害が起こる病気で、進行すると心臓機能障害を起こして死亡する。膝(ひざ)を組んでハンマーでたたく膝蓋腱(しつがいけん)反射法は、脚気や脳梅毒で起こる神経機能障害を調べる検査だ。中国では紀元前200年に「脚気」の名で記録があり、日本では9世紀ごろ、水腫(すいしゅ)型と麻痺(まひ)型が知られていた。

 今はほとんどない脚気が問題となったのは、100年前の日清・日露戦争の時代だ。それは前線将兵の4分の1が脚気になったからだ。イギリスで衛生学を学んだ海軍の高木兼寛は、パンを主食とする欧米の海軍で脚気の患者が少なかったことから、原因を食事に求め実験を行った。その結果は日米食を米、パン、牛乳の混食に変えると脚気が激減するという劇的なものだった。これに対し、陸軍は緒方正規が発見した気脚菌を論拠に伝染病説を支持し、日露戦争で多数の犠牲者を出した。しかし、脚気菌の発見は誤りだった。

ちなみにビタミンB1の発見は1910年、米騒動は1918年です。脚気の原因究明でも海軍と陸軍の対立があることが興味深いですが、この件は別の機会に譲ります。

さあ「買えば煮ようが焼こうがこちらの勝手」というのが買うという行為の基本です。そういえば人身売買で貧しい農家の小娘が取引された時も同じようなセリフが時代劇でありましたね。だいたいは正義の味方にやっつけられるわけですが。

翻ってCDです。

CDは音楽が入っているものですが、一度これを購入するとそれを割ろうがカラスよけに使おうがこちらの勝手です。レコードと違いCDの問題はそのデータがそもそも「デジタル」で入っていた点。リッピングすることで簡単に「デジタルデータ」に変換し、CD以外の音楽プレイヤーなどにコピーすることができました。実際にはMP3などの圧縮を行っているので低音質に劣化した「劣化コピー」なのですが、そこはあまり問題にならない、気にしないようです。

iTMSで販売されているデータはCDと同じ音質ではなく、この「劣化コピー」を販売しているに過ぎず、しかもCDと違って印刷されたジャケット写真やブックレット、歌詞カードも付属しません。そう考えると1曲1ドルという値段はあながち安価なものではなく、リーズナブルなものです。

ところがこのリッピングがCDを販売不振にした元凶、諸悪の根源と日本の権利者は考えているらしく、デジタルデータのコピーにたいして非常に敵意をもっています。

そんな中、飛び火したのが出版業界。

もともと紙にインクで印刷し、ノリでとめて製本するというスーパーアナログ製法の書籍。プラスティックに溝を切って音を記録したアナログレコードを上回るほど面倒で、合理主義のアメリカが目をつけないはずがありません。iTMSが iTunes Bookstandと発展したのと同じように電子書籍販売に乗り出すのも自然の流れ。

と・こ・ろ・が…

ただでさえiTMSに同意できない大手レーベルが跋扈する日本において、出版業界を含めて電子書籍に拒否反応です。音楽と出版、業界は違えどまったく似たような反応で、権利を守ることだけに腐心し、ユーザーの利便性は二の次という点で共通しています。

これは日本の封建主義が強く作用しています。

つまり音楽にしても著作にしても「作家様」という「お上」が、下々の庶民に対して「聞かせてつかわす」「読ませてつかわす」という態度でのぞんでいるからです。一方庶民はお金を払うわけなのであとは「煮ようが焼こうがこっちの勝手」という心理になります。

ですから本を断裁し、スキャン(自炊)してもこちらの勝手、ですよね。

しかしこれを快く思わないのがお上、です。色々な理由をつけて自炊を排除したい、というのが思惑で、その矛先がたまたま今回「自炊代行業者」に向いただけです。

せっかく印刷・製本した本が断裁されるのは断腸の思い

などお上の言葉は色々ですし、その気持ちは分かる部分もあります。であれば、ますますなんで最初からテキストデータで販売しないの? という自己矛盾をはらんでいるので、共感しにくく、下々から支持されないわけです。

私は多少モノを過剰に大事にする傾向があり、特に書籍に対して著しいです。ページの端を折る、書き込みをする、風呂に持って入るなんて言語道断。曲がったことが嫌いですが、紙に折り目がついただけでもイヤになります。

そんなわけで自炊のために裁断する、という行為はそもそも私にはできません。

本の価値 - Nothing ventured, nothing gained.

話を戻すが、本を裁断するということは作家だけでなく、通常の読者にも抵抗感は強い。私も抵抗がある。

こう考える人も多いです。

ではどうしてそう感じるのか。それは書籍がひとつ完成された「作品」だからです。紙、インク、表紙、大きさ、触りごこち、重さ。すべてが物理的、フィジカルな存在です。作家と編集者、印刷会社が魂を込めて作り上げた作品が書籍、いわば仏師が彫った仏像と同じです。ですから書籍は

紙様(神様)

といってもいいはず!

日本は八百万の神、いや紙の国。ですから紙の国ではいくらお金を払ったからといってもあとは「煮ようが焼こうがこちらの勝手」という理屈は通用しないのです。借金をカタに小娘を人身売買で売り飛ばしたようなもので、たとえ売っても自由にしてもらっては困るんです、なんて都合のいい理屈。

そう考えれば、

佐藤秀峰さんの本やマンガへの考え方について(岩崎夏海) - BLOGOS(ブロゴス)

本は、購入した人の所有物ではありません。そもそも、太陽とか土とか水でできた紙を使ってできた本を、数百円払ったくらいで「所有」しているという考え方がおこがましい

というお上(作家様)がいても不思議はありませんね。自然崇拝です。そしてお上(著者)崇拝です。

その際に、マンガ家は純粋に「先生」と尊敬されるべき存在となるのではないでしょうか。命の危険を冒してまでつかみ取ってきた素晴らしいものを、ほんの数百円を払えば見ることができる。それが、マンガ出版というビジネスが成立している場なのです。

そこにおいて、危険を冒しているマンガ家を「作家先生」と呼んで尊敬することは、何ら不自然ではないし、もっと言えば、マンガ家も自らの「先生」としての責任を強く感じている方が、そういう危険にあえて飛び込むモチベーションも持つことができ、結果として、より面白い作品を作れるということもあるのではないでしょうか。

それで言うと、作家が自らを「先生」と自認することにもまた、大きな意味があるのです。

さすれば借金のカタに売り飛ばされた小娘(書籍)をいいようにする(断裁する)という悪役(自炊代行業者)を、

「助さん、格さん、少し懲らしめてやりなさい」

「ひかえ、ひかえおろう、こちらをどなたと心得る、先の作家様であるぞ、頭が高い!」

といったところでしょうか。考えてみれば時代劇の正義の味方って水戸黄門にしても遠山の金さんにしても「お上」ですもんね。実に封建的。

この封建主義思想に対抗して庶民が「お米を炊く」=「自炊」という言葉を使うのはお米的に興味深いですね。現代の「米騒動」が勃発するのか、注視したいと思います。

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