つい先日ソニーの株主総会がありました。私の期待していたようなサプライズはなく、淡々と行われた模様です。
NIKKEI NET(日経ネット):主要ニュース-各分野の重要ニュースを掲載ソニーは2009年3月期に989億円の最終赤字を計上、10年3月期も1200億円の赤字見通しを示している。ストリンガー会長は4月に行ったエレクトロニクス事業とゲーム事業を中心とする機構改革の狙いなどを改めて説明。「ビジネスは改善しており、数カ月、数年にわたり株主価値が上がるよう努力していく」と語った。
株主からは「ワクワクする製品がない」「昔の技術のソニーを復活させてほしい」との質問が相次ぎ、ストリンガー会長が社長を兼務する理由を問う声もあった。
こうなってくるとハッキリしたのは、ストリンガー会長がソニーをダメにしているということです。
ストリンガー氏のソニー再建計画に異議あり!(麻倉怜士) デジタル家電&エンタメ-麻倉怜士のニュースEYE:IT-PLUSそもそも、この会長兼新社長には果たしてソニーへの愛情があるのであろうか。「サイロ発言」以来の数々の発言や1月22日の業績修正会見での発言などを聞いていると、「ソニーには旧態依然とした体質が多くの面で残っている」といったように、確かにソニーという会社の弱点をあれこれ冷静に分析する術には長けているが、ソニーという会社を心から愛しているという熱いメッセージは、少なくとも私には伝わってこない。
ソニーは日本の宝であり、世界の憧れだ。ソニーへの愛がなくても改革はできる。しかし、そんな改革って何なのだろうか。
「愛」といってしまうと陳腐なのですが、少なくとも愛情とかプライドは感じられません。単純にお金の数字に捉われすぎてしまい、それ以上のものがないように思えるのは、麻倉氏の指摘に共感します。
結局所詮アメリカ人による、アメリカ流の経営手法ではこれが限界。ソニーが敗戦直後に設立され、技術と物量の前に戦争でアメリカに敗れた屈辱を払拭しアメリカに挑戦する、それがソニーのレゾンデーデルでした。それなのに今の現状は、悪くいえば再びアメリカに乗っ取られ、いいように蹂躙されているといわれても仕方ないでしょう。
しかしそんなのは嫌です。
もうこうなったら過去にタイムスリップして、過去を変えるしかない!
しかしソニーを立ち直らせるために何かをするとしたら、いつの時代に戻り、何をしたら良いのでしょう。
例えば新ウォークマンの記者発表の時に、上下さかさまに出してしまった安藤社長に気をつけるようにいうとか、
飛ぶ鳥を落とす勢いで「勝ち組」と呼ばれた出井社長が会長兼CEOになり、安藤社長を指名するのを思いとどまらせるとか、
はたまた大賀社長が後任にDVDの規格統一で敗れた出井氏を指名するのをやめさせるとか、
まあ色々考えたわけですが、どれも直接的に効果があるとは思えず。そうなると、やはりこれですかね。
■ 1994年、盛田会長が倒れる原因となった、テニスを阻止すること。
1点だけ突破するなら、もうこれしかないと思います。テニス中に脳梗塞に倒れ、一線から退いてしまったこと、これが悔やまれます。
確かにその後ソニーは大賀社長から出井社長へとバトンタッチし、「勝ち組」と呼ばれるほどビジネスが成長するという、一見よいスパイラルに入ったかのように見えますが、明らかにここで断絶したものがあったと思います。
よくソニースピリッツとか、DNAとかいいますけど、実はソニーにはそもそもそんなのはないんです。青い鳥みたいなもので、幻想です。例え社員に「ソニースピリッツとは何か」と聞いても帰ってくる答えは同じではありません。つまり、いわゆる会社のDNAというものが強固に受け継がれていたわけではなかったのです。
また、ソニーは創業以来10年ごとに、売り上げのメインを占める事業が変遷したことも特徴的です。
ラジオ、テレビ(トリニトロン)、ビデオ(β、8ミリ、ハンディカム)、バイオ(PC)、液晶テレビ、映画(スパイダーマン)、、、
1990年後半はPCが伸び、液晶に乗り換えが遅れたトリニトロンが落ちたという転換期になっていました。昨今のソニーにおいては、稼ぐ事業部が発言権が大きいという風潮は顕著で、今のストリンガー会長が現職にいられるのはスパイダーマンがヒットしたからという理由が大きいです。
しかし技術の会社で、10年ごとに技術の転換があるとするとその売り上げ分野が変遷するのは当然のこと。しかしその表層をみてしまったが故に、事業部の売り上げ規模によって惑わされてしまい、本質を見失ってしまっています。
その本質とは、技術を使って消費者を満足させることであり、それに勝る喜びはなかったはずです。
盛田ファウンダー(創業者)が今もしもこの惨状をみていたらなんと言ったか、喝どころの騒ぎじゃなかったはずです。怒りくるってそれこそ倒れていたかもしれません。
ストリンガー会長のいう、サイロがどうのとか、縦割りだとかというのは内部の話であって、外にいちいちいうような話ではありません。サイロを壊すとか、ユナイテッドとかそういうのは内側へのメッセージとしてはよいですが、逆にいうと外側には何もメッセージされてないといってもいいでしょう。どんな美麗字句を並べても、うわすべってしまいます。
うわすべる原因としてあるのは、やはり彼にとって、ソニーは単なる一企業だからです。ソニーでもパナソニックでもトヨタでもホンダでも、大差ないんだと感じてるのではないでしょうか。
あえていうなら、ソニーは単なる日本企業ではなく、日本人にとって、世界で活躍する日本企業の星なのです。
星をこれだけ貶められていたら、そりゃ失望もします。
盛田ファウンダーはその昔、アメリカに大喧嘩をふっかけました。いや売られた喧嘩を買ったというのが正解でしょう。それが有名なベータマックス(タイムシフト)訴訟です。
Sony Japan | Sony History 第2部 第20章 濡れ衣だったダンピング容疑この訴えがアメリカの法律上認められば、法改正でもない限り、アメリカ市場におけるベータマックスの販売を諦めなくてはいけなくなる。もちろん、敗れれば損害賠償金も支払わなくてはならない。前者は特に困る。家庭用VTRの将来が摘み取られてしまうかもしれない。裁判は莫大な費用と時間、そして人々のエネルギーがいる。しかし、盛田率いるソニーは受けて立った。ソニーだけでない、世界の電子産業全体の将来にとって重要な訴訟だ。ソニー側の理論の中心となり、やがて裁判上のキーワードになったのは、盛田の造語「タイムシフト(時間に拘束されずにテレビ番組を見られる)」という概念だ。
(1)家庭用VTRは、一般大衆が受信機を持ってさえいれば、本来見られる番組を単に時間帯を変えて見られるようにしているに過ぎない、つまり「放送の延長」であり「複製」ではない (2)さらに、公衆の電波はより多くの人に情報を伝達するために与えられた公衆の資産である。そこに情報を乗せた以上は、多くの人に情報を伝えるための道具であるVTRの存在も認めるべきである――これがソニー側の掲げた主張だ。
この訴訟に勝たなければ、今のようにTV番組を録画する、すべての録画機器は普及しなかったといっても過言ではありません。となるとキャプチャボードもだめだし、youtubeやニコニコ動画もなかったということです。
しかも他のメーカーと共同ということも、日本政府のバックアップがあったわけでもなく、孤軍奮闘、まさに巨人に立ち向かう一匹狼か、侍か。
この盛田ファウンダーの生き様そのものが、ソニースピリッツの根幹を成すものであり、受け継ぐべきDNAだったはずです。この日本人の侍魂といってもいいものが、アメリカ人会長に理解できるはずありません。だってアメリカ人なんですから。太平洋戦争勝ってるんですから。
今のソニーに足りないのは、もしかしたら敗戦でずたずたにされたプライド、劣等感なのかも知れません。
しかしこのままでは、ベトナム戦争でグダグダになっていったアメリカ人的敗戦処理に陥りそうです。たとえ利益がでたとしてもわくわくするようなプロダクツがないソニーになんの魅力があるというのでしょう。そんなのはソニーじゃないし、ソニーである必要がありません。
そんなわけで1994年にタイムトリップして、盛田さんを助けてくるしかないんじゃないか、それくらいもう手がつけられない感じです。
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