子供を許容しない社会

子どもを叱りたくなったら読む本―子育てでいちばん大事なこと
柴田 愛子
4313660380

奥様が同じ著者の「それは叱ることではありません」という本を買ってきていて、余りに当たり前のことがかいてあるのに軽い眩暈がしつつ。なぜ旦那の言うことは素直に聞けず、赤の他人が書いた本は素直に読めるのか不思議でならない今日この頃です。

少子化が叫ばれて久しい昨今ですが、そりゃそうだろうと思います。というのも最近の奥様の悩みは子供の声の大きさ、叫び声のよう。公共の場所だろうが、自宅だろうが構わず走り回り、感情に合わせて声を発するがたいのいい三歳児の騒音はそりゃあもう凄いもんです。

つい先日は安彦良和展で同様に走り回り、当たり構わず喋り捲っていたら20歳前後のいかにも代々木アニメーション学院にいそうな女性に

「ここはあなたの家でも公園でもないのよ」

と注意されてました。なんで子供に直接、しかも分かりにくくいうのか不思議でならないのですけど、いうならもっと「うるさいから静かにしろ」でいいと思うんですけどね。それはともかくまあ感じたことは警備員は逆に走り回ったり、喋っていた子供に対しては暖かく見守っていてくれていて、そういう暖かい美術館なんだなと思っていた矢先に来場者は冷たく、厳しいという事実に直面したわけですね。
(追記:親である私共は子供を厳しく叱りつけ、場外へ連れ出しています。美術館員からは「(お子さんも)見ていって下さい」と言われましたが)

他にも日ごろから子供の騒音に対して近所からクレームが出ていたりしていて、子供の大声には敏感になっているようです。しかしまあ前出の本にもあるように、子供が感情に合わせて声を出すのは自然であり、それを無理やり矯正するのは教育でも躾でもなく単に大人の都合の良い子供を作ろうとしているだけのこと。そもそも共同住宅でもない、一軒家なのに隣から苦情がくるなんて、私から見れば苦情を出す方がどうかしています。まあそんなへんな隣人がいるのが今の日本の縮図なのでしょう。
(追記:アパートやマンションではありません。庭付き一戸建て、斜め隣です。子供がうるさくしているのを野放図にはしてなくもちろんその度に叱り飛ばしてます。)

苦情を言う方の論理は単純で、「うるさいから、迷惑」といったものでしょう。しかし子供は元来うるさいもの。泣かない赤ん坊がいないように、癇癪を起こして叫ばない子供もいません。それをTPOに合わせて叫ばないように矯正するのは、子供が苦情をいう隣人よりも弱く、より力で押さえ込みやすいだけだからに過ぎません。私から見れば矯正すべきなのは大人の隣人の方なのです。

そもそもそういったのに寛容であるのが大人であり、社会であるべきでしょう。社会に迷惑をかけないためという理由で子供がうるさいと叱るのは間違ってます。子供を容認できない狭小な社会に未来はありません。それは少子化にもなるでしょう。

やはり子供を連れて富良野に行くべきなのでしょうか・・・あーあーーーあーあーあーああーーー(続く)