押井守監督出世作「うる星やつら2★ビューティフル・ドリーマー★」が生まれた理由 ([の] のまのしわざ)の続き。
映画とは何か。
映画監督とは何か。
ひとつの答えを得た押井守監督はある壁にぶつかります。それが「天使のたまご」。
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その「天使のたまご」を20年ぶりに見てみました。前回視聴した記憶は・・・
「一切ナシ!」
もうね、見事に記憶がないんですよ。印象的なシーンもなければ、セリフもない。とにかく記憶喪失かのように「見た」という事実だけははっきり覚えているものの、内容については覚えていません。あれは大学の先輩の部屋でのビデオ合宿。「迷宮事件」など押井作品を含めいくつか借りたビデオのひとつがこの「天使のたまご」でした。
そして今回みてみました。
・・・
重い! なんとなく空気が重い!
セリフがない! ほとんどない、いやまったくない!
わからない! なにもわからない、ここはどこ、あれは誰?
絵は綺麗。美術的に優れている、けど、何を表現したいの?
・・・
もう、頭の中には「???」のオンパレード。これ、テーマはなんなの?
我慢すること30分。えーっと、もうムリ。今日はここまで、とビデオを止めてしまいました。
そして続きは次の日。
・・・
セリフがでた! でもなんのことかわからない!
ここはどこ? あなたは誰?
わらわらと人が出てくるアニメシーンは凄い! え、エヴァの貞本義行さんが担当?
たまごが割れた、けどだからなにがどうしたの?
あ、終わった…
・・・
ということで「意味不明」です。「わかりません」。これは寝るのもうなづけます。ストーリーやテーマが余りにもわからなさすぎるので、正解を求めてみました。
ところが、これに正解はなし。押井監督インタビューでも「テーマやストーリーはどうでもいい」とのこと。自分のみたいシーンを紡ぐことがメインで、そういうのがあってもいいじゃないかと作ったもの。だから
「ストーリーが難解」
というのは実は外れていて、そもそも
ストーリーがない、わからない
が正解。
そして押井監督自らも通しで見ると
「寝てしまう」
とのこと。いやそれってどうなのかと。
ただこの「天使のたまご」の出来栄え、監督的には完全で
「自分はハッピーだった」
と言い切ります。ところが一番堪えたのがその日を境に
「電話が一切ならなくなった」
こと。仕事の依頼がパッタリ止んだのです。
天使のたまご - Wikipedia一方で押井はこの作品を作ったことにより、「訳の解からない物を作る監督」というレッテルを貼られ、『機動警察パトレイバー』の企画が来るまでその後の仕事の依頼がさっぱりなくなってしまったという。ちなみに監督本人も通して見ると疲れるらしく、TVプロデューサーの堀越徹は一回目に寝てしまい、讀賣テレビ放送の諏訪道彦も訳の解らないままテレビで放送したという。宮崎駿は本作に対し、「努力は評価するが、他人には通じない」と述べており[4]、更に直接本人に「帰りのことなんて何も考えてない」「あんなものよく作れた」「頭がおかしい」と言ったという[5]
この作品を見ればそれもうなづけます。押井監督はハッピーだったのでしょうが、
周りの人は全員アンハッピーだったから
です。製作サイドはもちろん、スタッフを含めて全員不幸のどん底です。押井監督にやらせるとヤバいぞ、と。ですから業界から干されたというのは正確ではなく、自らが招いた結果。自業自得といってもいいでしょう。少なくとも作品を改めてみたあと、それも理解できます。
ただこれは押井監督だけでなく、押井作品をまっていた我らファンもつらかったです。なにせあの面白い作品がぴたりと数年出てこないわけですから。
当時は「映画版ルパン三世」の監督のオファーがあり、その脚本が映画会社側の意に沿わずそれで干されたのだと思っていましたが、実際にはその後作った「天使のたまご」が引き金でした。
押井版ルパン三世 - Wikipedia『ルパン三世』の劇場版第3作の製作が決定した際、まず前作『ルパン三世 カリオストロの城』の監督であった宮崎駿に再度監督が依頼されたが、宮崎は参加を拒否した。そこで宮崎の推薦により、当時宮崎のところに転がり込んでいた押井守が監督を務めることになった。監督就任は短期間であっさりと決まったという。その訳は、当時東京ムービー新社の社長であった藤岡豊が「押井守っていう天才少年がいるそうじゃないか」「『うる星やつら』はうまい・動きが冴えてる」と押井の評判を知っていたからである。公開時期まで決まった際、劇場で配布された制作中の東宝映画を紹介するリーフレットには、「世紀末、彼は時代を盗んだ」のキャッチコピーと共に押井監督ルパンが予告されている。
もし実現したならば、正式なタイトルは『ルパン三世 完結篇』となる作品になるはずだった。当初、押井が声をかけた若手のアニメーターたちの多くは「何故、今更ルパン?」とあまり乗り気ではなかったが、「今の時代だからこそ、ルパンが必要なのだから」と説得し、制作スタッフを集めている。そのような紆余曲折の末にスタッフが発表され、押井も『アニメージュ』に構想を語るなど制作は順調であったが、押井の構想が『ルパン三世』という作品からあまりにもかけ離れていることから「訳が判らん」と一蹴され、『ルパン三世』を「完結」させたくないという企業側の意思もあってNGを出されてしまい、押井は監督を降板した。
この天使のたまごは「幻の押井版ルパン」のプロットをある程度使っています。
幻の押井ルパンは「虚構を盗む」はずだった(押井ルパン資料2)ルパンのアイデアはその後の押井ワールドヘ
その後で作った「天使のたまご」(85)に、そういうものが全部流れ込んじゃったということはありますね。"天使の化石"を持ち込んで、成立したかった僕のルパンの復讐戦だったんです。
実際、そのルパンの中で考えてたいくつかのアイデアは後の作品でみんな使っちゃったんですよ。そういう意味で言えぼ僕自身は充分元をとった。惜しかったという感情は今となってはないですね。
押井監督に共通するテーマはこの幻のルパンのプロットから来ています。その意味では幻となった押井版ルパンを別の形で見せられているといっていいでしょう。
そして天使のたまごで干された押井監督は悟ります。自分だけハッピーになっちゃいけないんだ、みんなハッピーにならないと。それは製作者サイド、スタッフはもちろん、ファン、観客を含めてです。そして監督自らもハッピーになろう、と。
押井守氏が
「商業映画監督」
へ生まれ変わった、転換点です。天使のたまごに入っていたのは映画監督・押井守自身だったのかもしれません。
その後の活躍はご存じの通り。パトレイバー、攻殻機動隊とヒットを続々。全員がハッピーです。
↓ ストーリーの解釈についてはこちらをどうぞ
スカイ・クロラから時間がたっていますが、そろそろ新しい押井作品、みてみたいなあ。
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