BMW 1シリーズのMモデルをM1と言わない理由

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BMW M1

ミッドシップのM1があるから。

BMW・M1 - Wikipedia

1976年にBMWモータースポーツ(現BMW M)は、当時ポルシェ・934やポルシェ・935の独壇場だったグループ4およびグループ5シルエットフォーミュラを制するためE-26の開発を始めた。
当初想定されていた自社製のV型12気筒4.5Lエンジンは、大きく重く明らかにエコロジーとは無縁であったため、オイルショックの風が吹く中一般世論に反するものとして葬り去られることになり、代わりにヨーロッパツーリングカーレース用に開発されたM-88型3453cc直列6気筒DOHCエンジンがクーゲルフィッシャーの機械式インジェクションと組み合わせ採用された。このユニットは長大でありその結果ホイールベースの延長という弊害をもたらしたが、潤滑系統にドライサンプ方式を採用することによりエンジンの搭載位置を大幅に下げ重心を低くすることを可能とした。そのためクランク軸は地上から18.5cmに設定されている。圧縮比9.0で277馬力/6500rpmのロード仕様、圧縮比11.5で470馬力/9000rpmのグループ4仕様、3153ccにKKKターボを装着し850馬力/9000rpmのグループ5仕様が用意された。
ボディデザインは巨匠ジョルジェット・ジウジアーロが率いるイタルデザインに依頼した。イタルデザインは、1972年にBMW・2002用の直列4気筒ターボをミッドシップに搭載しBMWミュンヘン博物館開館記念で製作されたBMWターボのフロント部分のデザインを取り入れた。
ミッドシップの駆動方式は全く未経験であったため、BMWはランボルギーニ[1]に開発とシャシー関連の製造を委託することとなった。開発は、レーシングカー関連の設計を手がけ、のちにレーシングカーのシャシー製作会社を興したジャンパオロ・ダラーラが担当した。シャシーは角型鋼管で形成されたマルケージ製セミスペースフレームを採用し、全ての応力を強靭なフレームのみで受け止める構造となっており、応力のかからない外板は全てFRP製で、ボルトオンと接着を併用して取り付けられている。
ランボルギーニによる開発は順調に進み、1977年夏には最初の試作車が走行した。

ランボルギーニはシャシーの製造に着手したが、その作業はあまりに遅かった。この事態を打開するためBMWはランボルギーニ買収を検討したが、下請け業者がBMWの傘下に入ることを拒否し、この買収計画は頓挫した。1978年4月ランボルギーニとの提携は解消され、シュツットガルトのバウアに委託先が変更された。ボディの生産に関してはイタルデザインの拠点であるイタリアにシャシーが送られ、FRP外板の取り付けおよび塗装が行われ、最終的にはBMWモータースポーツによってサスペンションやブレーキ関連の組み付けが行われることとなり、1978年秋のパリサロンにBMW M1として発表された。

この貴重なBMW M1、大掃除していたら写真がでてきました。色褪せてますが2年前のもの。鮮明なものは以下からどうぞ。

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BMW M1 - a set on Flickr

まさしくスーパーカーでした。しかも動態保存で、自走してやってきたとのこと。それもそのはず、BMW Club of Japan会長さんのマイカーだそうです。スゴイですね。

実物のBMW M1を見ました ([の] のまのしわざ)

ということで、BMW 1シリーズのMは Mクーペと呼ぶのでした。

BMW 1シリーズMクーペ 正式発表 | レスポンス自動車ニュース(Response.jp)