ずっとこの左側の女の子が「シュナ」というんだと思ってました。さて、「シュナの旅」とは宮崎駿がチベット民話「犬になった王子」を元に映像化(漫画化)したものです。
「犬になった王子」のあらすじはこうです(「シュナの旅」あとがきより引用)。
穀物を持たない貧しい国民の生活を愁えたある国の王子が、苦難の旅の末、竜王から麦の粒を盗み出し、そのために魔法で犬の姿に変えられてしまいますが、ひとりの娘の愛によって救われ、ついに祖国に麦をもたらすという民話です。現在チベットは大麦を主食としている世界唯一の国ですが、大麦は西アジアの原生地から世界に伝播したものだそうです。だから、王子が西に向かって旅をしたという内容は歴史と符合しています。ただし、この民話は本当にあった出来事というより、チベットの人々が作物への感謝を込めて生み出した、すぐれた物語と考えるべきでしょう。
「シュナの旅」はというとこのストーリーを元にアレンジ、特に竜王の部分を大胆に変えたような気配です。
以下ネタバレあり、ご注意を。
シュナの旅について
「シュナの旅」においても貧しい小国の王子シュナが麦の種を求めて西へと旅立って行きますが、私には単に穀物の伝承や、作物への感謝の気持ちを語っているだけとは思えませんでした。 というのは、「シュナの旅」の世界は、人間が作物を作ることをやめてしまった時代という設定であり、人狩りが人間を狩りあげ、人買いが人間とひきかえに神人から麦をもらうという恐ろしい舞台だからです。
シュナの旅について
私は「シェナの旅」のモチーフに、現代の先進国・日本の産業文明と消費文化に対する鋭い風刺をを感じずにはいられませんでした。
さらに、私の頭を悩ませたのは、神人の土地の存在とその神秘的な風景です。
神人の土地、神人の存在、光輝く月、怪奇な建造物、みどり色の巨人…?
疑問はつきませんが、これらは一層「シュナの旅」の世界を難解なものにしています。これらには、きっと何かしら意味があるように思えてならないのですが、私には少し神秘主義的すぎてすんなり受け入れられない面もありました。
やはりここは私もひっかかりました。一体これは何を意味しているのだろうと。ポイントは人買いが人(奴隷)を「神人」と取引し、その代わりに作物(大麦)を得るという話。
奴隷というのは自由をもたない人です。しかしシュナが奴隷の女の子「テア」を解放するとき、同じ荷車に載せられていた他の奴隷たちは仕返しを恐れて出てきませんでした。自分たちの選択で自由を得なかったのです。実際に逃亡したシュナとテアとその妹は追っ手からしつこく追われるので、残った奴隷たちの「自由を得て殺されるより奴隷のほうがマシ」という選択もあながち責められるものではありません。
「神人」の土地では何が行われているかというと、月と呼ばれる空中浮遊物(UFOみたいなもの)が奴隷を運び、奴隷をどかどかとある工場みたいな建造物に入れると、下から水と緑の巨人が出てきて、その緑の巨人が畑に種をまき、大麦を育て収穫するという仕組み。
神人の土地は自然が豊かで、果実が実っています。しかし一方で畑が営まれ、そこで緑の巨人が死ぬまで働きます。死ぬ間際の巨人は畑から出て、自然の中で倒れます。死んだ巨人を動物たちがついばみ、土に返ることでその大自然は豊かになっているのです。
直感的に思ったのは、こりゃ「会社」の話かなと。つまり就職=自由を拘束された奴隷は緑の巨人となり、死ぬまで働くことになると。そして収穫された大麦は貨幣経済においてはお金であり、それによって経済は潤うということ。
またもうひとつのポイントは人は大麦を作る方法を知らず、人買いに人(奴隷)と交換で得るものとなっている点。
これは「流通」のことをいっているのかなあ。実際私たち都市生活者は肉、魚、野菜をはじめ、すべての食料品の生み出す術を知らず、お金を使って購入しています。しかもその輪は日本だけではなく、全世界にも及んでます。
そういった日本の、都市化の現状をうまく暗喩して物語を構成しているのではないかと感じました。
物語はもともとのプロットどおり、シュナが祖国へ大麦をもたらすということで帰結するのですが、この奴隷制や神人の国の話の結論は特にありません。ただひとついえるのはシュナが祖国へと戻るまでも人買いが奴隷を求めて村を襲ったり、神人の土地行きの空中浮遊物体は飛び続けていたということですね。つまり世界は何も変わっていませんでした。
この「シュナの旅」が描かれた1983年当時の日本、バブル景気の直前期という時代背景を考えると、世界は変わるどころか勢いが増す状況だったのでしょう。その直後に地上げでダンプが街角に突っ込んでくるという事件が多発することになるわけですから。
逆に経済が停滞し、高齢化社会やエネルギー危機、環境問題を鑑みるともう一度ここで「シュナの旅」を作り直せたらまた別のストーリーになっていたかもしれません。
ところで知らなかったのですが、このシュナの旅は映画「ゲド戦記」の原案にもなっていたのですね。でも原作はゲド戦記って、なんだかフクザツです。
シュナの旅 - Wikipedia
スタジオジブリのアニメ映画『ゲド戦記』では原案として使われ、「少年に救われた少女が、物語の最後で少年の心の光を取り戻す」というプロットは同一である。
後藤 仁
今年の秋に岩波書店から出版される拙作絵本『犬になった王子(チベットの民話)』の原話は、宮崎 駿氏の『シュナの旅』の原話と同じ、君島久子先生の名作民話です。
私は小さい時より宮崎 駿アニメの大ファンで、『シュナの旅』も中学の時に読んで以来、私の最も大切な作品の一つになっています。
機会がありましたら、私の絵本作品をご覧下さいましたら有難いです。よろしくお願い申し上げます。 日本画家・絵本画家 後藤 仁