こうしている間にも、日本における産科医療は崩壊しつつある。
そんな危機感を募らせた現役医師が35年の経験を元に描いたリアルな産科医療小説、それが「ノーフォールト」。
普段小説を読まない私ですが、産婦人科医師の友人に勧められて読み始めたらほんの数ページで惹きこまれ、2日で読み上げてしまいました。怖い、というかやりきれないというか。内容は是非読んで欲しいのですが、簡単にいうと「医療ミスのなかった医療訴訟」の話です。つまり白い巨塔の逆バージョン。白い巨塔の場合は医療ミスを隠蔽する現場体質を糾弾するという内容でしたが、この「ノーフォールト」の場合は現場でミスがなかったものの結果的に母体死亡に至ったケースが訴訟になった様子を描いています。
産科医療に関して知る必要がある、もっとも重要なこと。
お産は死の危険がある
歴史を見れば想像は容易ですが、昨今の医療の進歩によりお産は安全だという風潮が広まりました。しかし現実はそんなことはないのです。専門知識と経験を持った医師、最新鋭の医療機器を備えた設備、そしてそれらを有効に機能させるための組織・体制。それらが機能してはじめて死亡率が1/70に下がった現実があります。しかし現在でも10万件に5人はなんらかの理由により死亡しているのです。
医師の劣悪な労働環境
医師には労働基準法はないのでしょうか。当直が月に15回というのがザラ、多いときは20回という生活は想像がつきません。当直で熟睡できるわけもなく、何かあればそのまま徹夜で医療。何かあっても代わりの人がいないので無理せざるを得ない。そんな労働環境でも医師は誇りと志をもって職務にあたっているわけです。
訴訟リスク
しかし日本のアメリカ化の一端として、訴訟が増加するようになりました。産婦人科は医療の中で5%しか占めないのに、訴訟されたケースの中では50%を占めて、突出しています。つまりどんな医療よりも訴訟リスクが高い。
保険と医療費
最近では訴訟における費用をカバーするための保険があるといいます。しかし当然保険料は高く、年間1000万円。高額な保険料を払える余裕のある医療機関がそう多くありません。たとえ払えたとしてもそれは医療費に上乗せされることになるので、結局は患者が負担することになります。
弁護士
医療訴訟を手伝う弁護士の目的は勝訴して慰謝料等を貰うことです。現在医療事故が起きても補償されない患者家族の経済的負担を軽くするため、医師・病院に過失を認めさせるわけですが、あくまでも裁判。裁判に勝つためにはあの手この手を使ってくるわけで、それが患者と医師の隔たりを大きくしている現状があります。
今回の小説ではこの弁護士が主人公の担当医師を精神的に追い込み、精神病を煩わせ、人手不足の産科医療から退くという悪循環を描いています。
現実としてはこのような状況に陥っています。福島県大野病院事件。
[ある産婦人科医のひとりごと: 医の現場 疲弊する勤務医 (1)「医師逮捕」心キレた (読売新聞)]
そしてさらに奈良県大淀病院事件。
[天漢日乗: 「大淀病院産婦死亡事例」報道などにより毎日新聞大阪本社医療問題取材班が毎日元社長を記念した財団法人から第14回坂田記念ジャーナリズム賞受賞@3/15]
[伊関友伸のブログ 毎日新聞の「奈良・大淀病院妊婦死亡」記事が第11回新聞労連ジャーナリスト大賞の特別賞を受賞]
もちろんこういった状況は医師の卵である学生はよく知っており、その結果今年産婦人科に入った医師は神奈川県全体でたったの7人。どこの中小企業ですか。
大淀病院事件においては結果、その地方での分娩能力が0、つまり出産ができなくなったわけです。しかしこれはこの地方に限ったことではありません。ある地域の産婦人科医で「10年後、産婦人科医を続けていますか?」といったアンケートをとり、集計した結果、分娩能力は30%まで落ち込むという結果だったそうです。
これは実際私の家でも起きたことですが、妊娠がわかってから近所の婦人科に通院し、分娩するための病院を探したところ予約が一杯で入れない。なにせ10ヶ月先まで予約で一杯というのです。
10ヶ月先・・・
確か十月十日でしたね、、、妊娠から出産までって。つまり今は出産する人の数よりも病院の出産できる能力の数がギリギリ均衡している状況です。これが30%ということは、その地方では70%の人が家の周りでは産めないという未来が待っているわけです。
一方で現在でもこのギリギリの状況により、大淀病院事件のように緊急時に受け入れられる病院がなく、関東ではもっと多くの病院に断られるとの予想。実際友人もついこないだヘリコプターで遠くへ搬送したケースがあったと漏らしていました。
悪循環
かように現状悪循環に陥っており、日増しに状況は悪化しています。
(続く)