大晦日の夜、紅白も見ずに見たのが「零戦ニ欠陥アリ」というNHK教育の番組でした。番組の主旨はかなり違いますが、これをプロジェクトマネジメントの見地から考えてみます。
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無茶な要求仕様
海軍からの要求仕様はいくつかあり、主なものは以下です。
- 攻撃力:20mm機関砲の搭載
- 航続距離
- 最高速度 500km/h以上
- エンジンの指定(制約) 900馬力
これを見た三菱の開発チームは相反する条件があるとして、要求仕様の引き下げ、それが出来なければプライオリティ付けをお願いします。それに対して海軍は要求仕様の引き下げをしなかったばかりか、二人の海軍技官から
- 戦闘機に求められるのは格闘能力である
- 航続距離と最高速度である
と相反する条件をまとめることなく突きつけられました。つまり要求仕様はそのまま、さらにはプライオリティ付けもなかったのです。
これに対して三菱の開発チームが出した開発方針は、徹底した軽量化ということは周知のことです。ありとあらゆる部分のグラム単位で管理、軽量化を行いました。板の肉厚を薄くし、骨格には穴をあけたのです。強度的にまったく余裕のない状態で要求仕様を満たすことに成功しました。
しかしこのような状態ですから、試作機での試験飛行で墜落事故。強度不足により金属疲労を起こして、スタビライザーが脱落、異常振動を起こして空中分解したのです。
その原因は強度不足にあることは明らかだったのですが、それに対しての海軍の指示は原因となったスタビライザーの部分のみ強化するという限定的なものでした。つまり設計の根幹に関わる強度不足の点はそのまま先送りになったわけです。
まだ量産化まで至ってなかったものの、日中戦争の泥沼化した戦局に対して試作機数機を投入しました。つまりこれはいわゆる、
βリリース
です。このβリリースは大成功しました。中国の戦闘機をすべて撃墜するという大戦果をあげてしまったのです。そして強度不足という大問題は当然着目されることなくそのまま量産化へと進みました。
プロダクションリリース
これはいうまでもなく、真珠湾攻撃です。航続距離を活かして敵機動部隊を壊滅させ、格闘戦能力のおかげで敵迎撃機を凌駕します。
失敗したバージョンアップ
この戦果に気を良くし、零戦の性能向上を目的として以下の施策を行います。
- エンジンの出力向上 900馬力から1200馬力へ
- 生産性向上(コストダウン)のために翼端をカット、形状変更
しかしこれは失敗でした。新しいエンジンはエンジン自体の大きさが大きく、胴体タンクを圧迫し、積載燃料を減らすことになります。また翼端形状変更により渦が発生し、ひきづり抵抗(ドラッグ)が増加しました。この2つが共に航続距離を大幅に減らすこととなり、実に3割も短くなってしまいます。ラバウル戦役ではこの結果、航空隊の40%にも達した2号機(32型)は実践投入することが出来ず、ガダルカナルを奪還することが出来ませんでした。航続距離の問題は翼内タンクの容量を増やすことで対策を施したようです(途中寝てしまったので自信なし)。
一方で強度不足の問題はもう一つの致命的な問題を抱えました。それは急降下中に空中分解してしまう問題です。これに対して海軍は「急降下速度を600km/hに制限する」という運用で対応するように指示しました。
コンペティターの出現
一方、敵も零戦対策の新鋭戦闘機を投入してきました。それがF6Fヘルキャットです。特徴は
- 2000馬力の強力エンジン:最高速度600km/h
- 高強度ボディ:急降下速度900km/h
- 防弾装備:防弾ガラス、防弾コクピット、防弾タンク
です。そして戦法も変えてきました。従来零戦とはまともに格闘戦を行っていたのに対して、「零戦を見たらすぐ逃げろ」と指示。急降下すれば600km/hに制限されているため追って来れないことを知っているわけです。そしてある程度距離をおき上昇、有利な体勢から一気に急降下して後ろにつき一撃離脱。この繰り返しです。零戦がたとえ後ろにつき、弾をあてたとしてもその厚い防弾によりなかなか出火しない、撃墜できないのです。一方零戦が撃たれると、防弾がないために大きな翼内タンクに着火しやすく、すぐに撃墜に至ります。撃墜のほぼ80%は火災によるものだったと言われます。
この状況が分かってもなお、海軍が零戦に防弾を指示することはありませんでした。これに対して番組中、柳田邦男は「海軍の人命軽視」を原因としていましたが、私の見解は違います。そもそも零戦にとり防弾処理=重量が重くなることは商品性自体を揺るがす問題で、後からそれを施した場合は零戦自体が戦闘機として成立しないのです。ですからどんなことがあってもそれを指示することは無いし、たとえあったとしても重くて遅く、航続距離も短い戦闘機が出来上がり戦局が変わるはずもありません。設計段階からこれは宿命だったのです(ただし最後期の52型後半では防弾装備が装備される)。
失敗から学ぶだけでは足りない
番組では(またも柳田邦男)「失敗から学ぶことがない(軍部、日本文化)、失敗の再生産」とコメントしていましたが、それだけでは足りないと思います。βリリース(中国戦線投入)、およびプロダクションリリース(真珠湾攻撃)での成功が何にあったのか、つまり成功から学ばなければいけないのです。失敗してからでは遅いです、特にこういった戦争の場合は。
失敗プロジェクトからは学ぶことを見つけるのは容易です。なぜならその失敗したことを行わなければいいのですから。もっとも難しいのは成功プロジェクトからなのです。なぜ成功したのか、偶然なのか、成功の要因を見つけ出すことが肝要なのです。それには「ポストモーテム」の手法が有効です。反省会とポストモーテムと違うところは、成功プロジェクトにおいても行うこと、そして「うまく行った点」と「うまく行かなかった点」の両面に着目する点です。成功プロジェクトでも「うまく行かなかった点」があり、失敗プロジェクトでも「うまく行った点」があるのですから。傾向として「うまく行かなかった点」が見つけやすいのですが、とにかく「うまく行った点」を見つけること、それが成功を継続することのファクターとなります。
零戦プロジェクトでいえば「うまくいかなかった点」はリスクである「強度不足の問題解決が先送りになっている」ことでしょう。これはリスクマネジメントという手法を利用することで顕在化、可視化することが可能です。零戦の場合は設計当初から強度不足と防弾性の無さ、これが大きなリスクとして厳然としてあり、それが太平洋戦争中盤に露呈して敗走へと至ったわけです。
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以下のHPでもコメントがありますが、
零戦の性能 型の紹介
海軍は零戦の性能の良さに、頼り続けていた、列風や秋水、
当を早く完成させておけば又違っていたかも知れない
私が思うにはすでに21型で零戦は完成していたと思われる
ということ、つまり真珠湾攻撃成功の時点で零戦のリスクを鑑みてバージョンアップを施すのではなく、新しい戦闘機開発に着手すべきだと。この時ポストモーテムを行い、リスクマネジメントを施していれば十分気付くに得る内容だっと思います。
敵は実際に従来機をバージョンアップするのではなく、零戦キラーとして最新鋭機を開発して投入しているわけです。
さて、ここでプロジェクトマネジメントを離れて実際の太平洋戦争に立ち返ります。不幸なことに当時日本は国力も技術力も欧米にかなうべくもなかったわけです。強力なエンジンを開発できず、コストもかけられない。そんな情勢下において海軍の採った措置、無茶な性能要求と引き換えに人命軽視ともとれる防弾装備の欠落は責めることは出来ません。なぜならそれほど日本は追いつめられていたわけです。さらにいえば海軍のみが元凶のようにいい、現代の日本人に非がないかといえばそんなことはないです。海軍のような「無茶な要求仕様」と「プライオリティをつけない」クライアントは今なおあちらこちらで見かけることができます。構造書偽造問題も同じような構造で、零戦のような強度不足を招いてしまったわけです。もっともこちらは法令違反という明確な犯罪ですが。
太平洋戦争でアメリカに負けたことと同じくらい、日露戦争でロシアを打ち破ったことから学ぶ必要があるかもしれません。まずは「日露戦争物語」でも読んだり、記念艦みかさを見に行ったりすべきでしょうか。
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