スタートアップあるあるドラマ「リッチマン、プアウーマン」感想

現在再放送中のドラマ「リッチマン、プアウーマン」。タイトルだけみるとお金持ち男と貧乏女の物語風ですが、実際にはスタートアップで成功したNerd(オタク)と、東大リケジョの高学歴就活生が就職難の中で出会う話です。当初は確かに経済観念の差(就活用の靴を捨てる)を対比させるシーンもあったものの、回を追うごとにスタートアップで成功しユニコーン企業となった後の転落、復活人生を描くことに重きをおく名ドラマとなってます。

FOD リッチマン、プアウーマン 再放送、配信

ざっくりのあらすじとしては、スタートアップで成功した創業者小栗旬に突如現れた石原さとみ、あるきっかけでインターン採用したがそれに共同創業者井浦新が嫉妬、意味不明な行動をとり小栗旬を解任し首に。井浦新は特別背任で実刑、小栗旬は会社にUターン就職し立て直す。

とまあポイントは共同創業者井浦新演じる「朝比奈恒介」にすべてあるといっても過言ではありません。

朝比奈恒介は「母」であった

井浦演じる朝比奈はSEか何かだった時代に小栗旬演じる日向徹と出会い、その天才的な才能に気付き会社を辞めて共同で会社を立ち上げる。それがNEXT INNOVATION。

その後投資を募る中で銀行員だった佐野史郎演じる山上と出会い、CFOとして迎え入れる。この山上は「父」役である。

山上は数字をベースに論理的に物事を判断するタイプ。
一方やんちゃでわがままな子供の日向はやりたいことをやる、嫌いなものはとことんまで嫌うという人格破綻者、または未成長のガキそのもの。

朝比奈はそんな日向をうまくなだめすかしながらやりたいようにさえてやる。ある意味「甘やかして育てた」といっていいだろう。まさにそれは息子を溺愛する「母」そのものである。

この3人家族に割って飛び込んできたのが石原さとみ演じる夏井真琴である。

立場や価値観がことなる男女が惹かれあうといったありがちな恋愛ストーリーではないところがこのドラマのいいところ。だからこそこのタイトルがミスリードとなりちょっと残念なのである。

朝比奈恒介の不可解な行動は「母」そのもの

劇中山上が朝比奈の考えていることが分からないと吐露する場面があるが、まさに視聴者も理解できないし、共感もできない。口ではいいことを言っているが裏では暗躍、まんまと罠に陥れる。この業界に多いのだが、発達障害、ADHD、サイコパスの類かと思ったがどうも違う。そう、これは「母性」のなせるわざ。母性の狂気といったところか。

朝比奈はいち早く夏井真琴に告白して、結果的にはふられたのだがこれもおかしな話である。なぜなら惚れる理由がないのだ。あるとしたら明確で、それは「我が子」日向徹へに近づくのを阻止するための手段と考えると納得がいく。

日向の「母」朝比奈への愛は揺らがない

わがまま放題、かんしゃくをおこし暴れる日向であるが、解任、首といった仕打ちを受けながらも一貫して朝比奈への感謝、恩義は忘れない。また朝比奈が実刑判決、投獄されても日参し面会にこぎつけたり、後日譚「inニューヨーク」では日陰で平凡な生活をする朝比奈
を呼び戻したのも日向である。夏井真琴が一度も面会に行かないのと対照的であろう。

これは子が母に対する愛そのものといっていい。信頼とか友情とかいう以上のものである。

夏井真琴はなにものだ?

個人的に地味で無個性な女性を演じるNo.1女優だと思っている石原さとみ。今回は特に量産型就活生として、リクルートスーツと地味な髪型でいかにもなリケジョを演じていて好感がもてる。まじめで記憶力がいいが、ただそれだけ。繰り返し作業をミスなく実行するという、まさに産業革命後に必要とされた工場労働者としての本領を発揮する、日本の富国強兵策に基づく教育の賜物である。

一方で頭はいいけど「使えない」人材のステレオタイプとなっており、その結果内定が一件もとれない、そこが同情と共感を呼ぶ所以。

ドラマなので出会わないといけないわけで、そこは母探しといった要因を絡ませるのだけど、最終的にこの(本物の)母と再会するもののまったくそこに感動物語も何も起きなかったことからも分かるように、実はこれに意味はない。単に石原さとみ演じる夏井真琴がNEXT INNOVATIONを訪問し、名前をいつわり、潜り込むための演出上の口実にすぎない。

実は恋愛ではなかった?

スタートアップあるあるで進む物語が縦軸とすると、夏井真琴と日向徹の恋愛は横軸であるが、これまたあまり重きを置かれてない。というのも劇中にもあるように、この二人は恋愛というよりも同僚、戦友といった間柄に近い。

それにもう一つ大きな要因として、推測だが二人とも恋愛経験がなく、未経験だったと思える。経歴から考えてもそう不思議なことはない。自己中心的で友人がいないオタクの天才プログラマーと、趣味も何もなく、周囲の期待に応える一心でガリ勉した成績優秀な優等生。彼氏彼女ができる要素がまるでない。

故にスタートアップを襲う様々なトラブルを一緒に過ごすうちに戦友としてのシンパシーが生まれただけに過ぎないのを恋愛と勘違いした節がある。

「inニューヨーク」ではすれ違い生活から一転、同棲することになって改めてお互いの共通のなさに気づかされる場面があり、その結果別れることとなる。

一度結婚した経験からいうと、まさにこの共同生活を行うことは男女間の鬼門であり、特にどちらかがどちらかの家に入るような場面においては確実に起きるトラブルといっていいので、これは文科省認定の道徳の教科書に載せるべき重要事項だと個人的に思っているのだが、残念ながらまだ掲載されたという話は聞かない。

そういうわけでこの恋愛のようでそうでない恋愛軸をさっぴいて純粋にスタートアップあるあるエピソードてんこもりのストーリーを楽しむのも、スタートアップ業界にいる我々としてはいい。それに加えて石原さとみのかわいさを堪能できるのだから間違いない名作であろう。

唯一にして最大の問題はそのほとんどが現実味のある「スタートアップあるある」話なのだが、石原さとみのようなカワイイ子がのほほんと就活にやってきたり、インターンで入るってことは非現実的なのだ。非実在さとみ。これが現実。

石原さとみが来るなら上場したい。3000億より石原さとみ。

追記

再放送を追っかけてみてみるとさらに分かったことが。これは主人公日向徹の母の物語である。

自分をおいて出ていった生みの親。

スタートアップの寵児としてくれた育ての親としての朝比奈恒介。

そして夏井真琴である。社会人として欠落した社会性を補完した、第二の育ての母。

ところが夏井真琴は彼の母になることを望んでいなかった、そう女性として「女」としていたかったので、「母」としての役割が終わったことで、離れていく。ってこのへんの感覚は男性には分かりにくい(というかわからなかった)。

いずれにしても「母」とは恋愛ではないから、好きの種類が違うわけでいずれ別れるのは仕方がない。

生みの親に再会しても名乗り出ることもなく、そっと離れていったのは彼が大人になった証左ということか。


【参考】

小栗旬と石原さとみの『リッチマン、プアウーマン』|Real Sound|リアルサウンド 映画部