零戦は傑作機、それとも欠陥機なのか?

評価がこれほど別れるプロダクトも珍しいです。戦争初期の快進撃とは裏腹に、戦争末期においては損耗率の高さと神風特攻隊に使われるなど悲劇的な終戦を迎えました。

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子供の頃、昭和50年前後まだまだ戦後の香りが残る時代。戦前・戦中派が現役でまだまだ気を吐いており、零戦は英雄的な扱いで各メディアで取り上げられていました。そして戦争に負けたことについて、超巨大爆撃機「富嶽」完成の暁にはアメリカ本土爆撃で戦局が転換していたはずだガー、みたいなのがまことしやかに流布していて、子供心にあの戦争はちょっとの差、「惜敗」だったという印象です。

それから幾星霜。

40も越えたいい大人になり、色々な知識と経験を積んでくればいつまでも軍国少年であろうはずもなく、かといって左翼脳になるわけでもなく、自分なりの解釈と理解をするのです。ただその中でも「零戦」についてはやはり判断が難しく、ジブリ映画「風立ちぬ」を鑑賞し、その原作となった堀越二郎著「零戦」を読んでもまだまだ分かりません。ただそのひとつの答えは戦勝国、アメリカの作った番組にありました。


歴史に残る空中戦:F4Uと零戦 | ディスカバリーチャンネル

HV制作/第2次世界大戦、朝鮮戦争で活躍した戦闘機を実際に飛ばし、歴史に残る空中戦を再現する/米F4Uコルセアと日本の零戦の空中戦。戦闘機同士の空中戦は、時に勇敢な騎士の一騎打ちに例えられる。しかし、実際の戦闘ではチームワークに徹することが、勝利の鍵となるのだった。F4Uコルセアに乗っていた、米海兵隊のエース、グレゴリー "パピー"ボイントンは、1944年1月に零戦の飛行隊と遭遇。彼は人生の中で、最もドラマチックで危険に満ちたドッグファイトにすべてを賭けた。

(レビュー)

大戦初期には優れた戦闘機だった零戦も、1944年には既に時代遅れだったようです。今振り返れば、終戦間近で物資も無く、特攻隊の出撃も始まった頃(と思いますが)で、良い戦闘機などもう作れなかったと思います。そうは言っても、「農業トラクターの運転席のようです」っていうコメントは、ちょっとひどすぎます!

グレゴリー・ボイントン - Wikipedia

「零戦」によると、この時代戦闘機の進化は目覚ましく、2~3年で時代遅れになるというのが通説で、堀越二郎もそれを認識、零戦の次世代機の開発をしなければならないとしています。

「F4Uと零戦」では零戦の高い機動性を評価しつつも、そのコックピットが時代遅れで「トラクターのようだ」と評し、また零戦の延命策、改造につぐ改造にリソースを割きすぎて次世代機の開発、実戦投入が遅れたのが問題と鋭く分析しています。この見解は堀越二郎と共通しており、堀越二郎は後継機の開発をしつつも、零戦の改良にも携わっており、他の理由と合わせて零戦の代替えが進みませんでした。

雷電 (航空機) - Wikipedia

当時最新の航空力学に基づいた機体に大馬力エンジンを装備し、更に大火力を併せ持つ雷電は海軍の大きな期待を集め、1943年頃には零戦に替わる海軍の主力戦闘機として大増産計画が立てられた。この計画では雷電の増産に併せて零戦は減産し、昭和19年(1944年)には三菱は零戦の生産を終了(中島飛行機では空母搭載用の零戦を僅かに生産)して雷電のみを生産する予定だった。 しかし、上記の諸問題により実用化が遅れたことから計画は白紙に戻され、雷電はほぼ同時期に実戦投入された紫電改と比較されるようになった。

烈風 - Wikipedia

試作のみで実戦未参加であるにもかかわらず、開発主務者が零戦や雷電と同じ堀越二郎であること、開発開始時から終戦までに多くのエピソードを持つこと、大型ながら全体を流線型で纏めた機体形状に零戦の影響が感じ取れるものの、それまでの戦闘機と比較して機体が大型であることや、速度重視の風潮に逆行するように運動性を重視した設計であること、開発の遅れから実戦に間に合わず、戦局に全く影響を与えられなかったため評価の分かれる機体でもある。

一方のアメリカといえば、2~3年サイクルのモデルチェンジで多くの新型機を投入。空戦方式を改めることとあいまって制空権を奪うことに成功しますが、それ以上に大きなモデルチェンジは爆撃機。B-29です。

ターボ技術を使い高高度を飛ぶB-29に対して、エンジン性能が劣り特に過給器技術がない日本はなすすべがありません。

B-29 (航空機) - Wikipedia

B-29は当初、軍事工場などに対する高々度からの精密爆撃に用いられた。昼間迎撃には、単座戦闘機である一式戦闘機隼、零戦、鍾馗、飛燕、疾風、五式戦闘機、雷電、紫電改などが使用された。しかし、日本の単発戦闘機は海軍の雷電や紫電改、陸軍の疾風以外、もともと高高度飛行向けの過給機エンジンを持たず、また大戦後期になって材料や工員の質が低下した上、高オクタン価(有鉛)の航空燃料の入手も困難になっていたため、排気タービン(ツイン・ターボ)・インター・クーラーを装備しているB-29の迎撃は困難であったと言われている。1万mもの高空を巡航速度が乗った状態で飛行するB-29に対しては追いつくのも困難であり、またかろうじて一撃をかけたとしても、高度を回復できずにその後の攻撃が続かないという有様であった。このため震天制空隊や厚木基地所属の雷電による体当たり攻撃も行われた。

そこで局地戦闘機の出番なわけですけど、効果があがりませんでした。

そもそも本土攻撃されている時点でもはや負け戦確定なわけで、この戦争をサッカーで例えるならワールドカップに優勝するくらいの勝利条件で、いくら個々の選手が優秀であろうとも、どんなに監督の戦略が優れていようとも、やはり優勝するのは無理があろうというものです。

この最初から負けると分かっている戦争を開戦しなければならなかった事情、というのが日本にあり、そのため戦闘機を作っていて、一般市民よりも軍の内部事情に詳しい堀越二郎ですらも開戦については「まさか」というのが第一声であり、それほど無茶な開戦だったのです。

この無茶を押したのは、戦後はまるっと「軍部の暴走」ということになっていますが、実際にはメディアと一般市民である、というのが実際的です。というのもその数年前におきた軍事クーデター226事件、これは首謀者、参画者は515事件を参考にしたといい、515事件では実行犯が世間の同情から減刑されたことを知り行動に移し、実際に226事件でも極刑は免れています。

226事件の結果軍事政権が生まれ、「軍部の暴走」がはじまるわけですが、その暴走を後押ししたのはほかでもないメディアと多数の一般市民なのです。

なぜ一般市民が問題なのか。それは彼らがまず「エネルギー問題」について疎いからです。今の日本人と同様、当時の日本人も石油が不足することなどまったく考えてなかったといいます。水と空気とエネルギーはタダ、というのが戦前戦後通して変わらない日本人の本質です。

そしてまた問題なのは、軍隊である海軍であってもエネルギー転換について、余り理解できていなかったのです。海軍は艦船が中心、元々エネルギーは石油でも石炭でもいい話だったのですが、航空機の時代になると当然石炭が使えないので石油が必要です。航空機を飛ばすことはつまり、大量の石油が必要というエネルギー転換の時機にあってマインドの転換が遅れたというものです。そりゃそうですよね、日本人の中でももっとも硬直化した組織が軍隊なわけですから、ここで先進性が発揮されるはずもありません。

この海軍気質と庶民気質が日本を戦争へと誘い、泥船に乗ってしまったわけです。

そもそも零戦は艦載機。空母がなければ話になりません。その空母も数は少なく、その虎の子の空母はミッドウェイ海戦でほぼ全滅。

ミッドウェー海戦 - Wikipedia

ミッドウェー海戦(ミッドウェーかいせん)は第二次世界大戦中の昭和17年(1942年)6月5日(アメリカ標準時では6月4日)から7日にかけてミッドウェー島をめぐって行われた海戦。同島の攻略をめざす日本海軍をアメリカ海軍が迎え撃つ形で生起した。双方の空母機動部隊同士の航空戦の結果、日本海軍は機動部隊の中核をなしていた航空母艦4隻とその艦載機を一挙に喪失する損害を被り、ミッドウェー島の攻略は失敗し、この戦争における主導権を失った。

その後もアメリカは新造空母を投入したのとは対照的で、1941年12月に開戦し翌1942年6月に空母喪失となって戦争勝利は絶望的に。しかし戦争は続きます。

ミッドウェイ海戦について堀越二郎は「零戦の、日本海軍の悲劇を感じる」と言葉少なめです。

また零戦の悲劇は相前後して不時着した零戦をアメリカ軍が鹵獲、徹底した分析を行い零戦の秘密すべてが明らかになった点です。その上で新型機製造を行ったわけですから、性能で零戦を上回るのも当然。

私の世界・面白い話のネタ―"ワイルドキャット"と"ゼロファイター": masaki-signのブログ

アリューシャン・ゼロ〈Aleutian Zero〉とも呼ばれる)は、第二次世界大戦中にアラスカ準州アリューシャン列島のアクタン島に不時着した三菱零式艦上戦闘機二一型(製造番号4593)のアメリカ軍における呼称。1942年7月にほとんど無傷のままアメリカ軍に回収され、大戦中アメリカ軍が鹵獲した初めての零戦となった。回収後、機体は修理され、アメリカ軍テストパイロットによってテスト飛行が行われた。結果、アメリカ軍は大戦を通して大日本帝国海軍の主力戦闘機であった零戦に対抗する戦術を研究することができた。

アクタン・ゼロは「アメリカにとってもっとも価値あるといってよい鹵獲物」であり、「おそらく太平洋戦争における最高の鹵獲物の一つ」と言われた。日本の元軍人・自衛官であり歴史家の奥宮正武は、アクタン・ゼロの鹵獲は「〔日本にとって〕ミッドウェー海戦の敗北に劣らないほど深刻」であり、「〔日本の〕最終的な降伏を早めることに多大な影響を及ぼした」と述べた。

特に防弾性能がまったくなかったことや、軽量化が行きすぎて強度不足になった点が「欠陥機」として評価される原因となっていますが、それはそもそもの要求仕様に含まれていなかっただけのこと。そうでなくとも長大な航続距離と空戦性能、さらには高速性能に強力な攻撃力と幕の内弁当っぷり。それでいてリソースは限られているわけで元々実現不可能と言われるほど、そりゃ要求仕様に含まれてないことを盛り込むのは無理ってものです。

そういった背景を含めて正しく理解、評価をする必要があるにも関わらず、「傑作機」と「欠陥機」の両極端な評価のどちらかに振れるのみ。

これに対し、堀越二郎も「零戦」の中で反論を試みますが、日本人には余り届いてない様子。しかし国外での評価は戦中、戦後を通して公平で正しい理解をされています。

歴史に残る空中戦!「ゼロ戦 vs F4Fワイルドキャット」|foxtwoのブログ

アメリカ人向けの番組にもかかわらず、解説が極力中立であり、かつての敵国である日本の技術やパイロットの飛行技量の高さを惜しげもなく褒め、逆にアメリカ側については、開戦当時は不足気味だったアメリカ機の性能やアメリカ人パイロットの経験不足を、きちんと解説しているところでした。

それが「SHOWDOWN:AIR COMBAT」では、ゼロ戦は開戦当時の戦況や、海軍の高い空戦性能に対する要求への答えとして開発され、生産されたことを強調し、「零戦は攻撃するためだけに生まれたのです!」という胸のすくようなセリフで、"欠陥"とまでこき下ろされた防御性能の低さを切って捨ててみせました!!

これほどゼロ戦の性能を正確に、そして公平に評価した言葉を、foxtwoは他に知りません。

 ※この番組は吹き替えではなく字幕のため、英語では、
   "In deed, ZERO is build from grow up been a attacker."
   (事実上、ゼロ戦は攻撃者〔攻撃機?〕となるべくして製造された。)
  と解説されていました。この字幕は名訳ですね!

日本人の問題、敗戦の原因はここにあります。正しく理解、評価ができなかったこと。それが出来ない限りは、次世代機の開発が正しく進むこともありませんし、戦争を収束させることもできません。

そういう意味ではまだまだ日本人は戦争の総括が出来ていないのではないかと感じる今日この頃。たった1機種のプロダクト、零戦ひとつとってもこれだけの話ですから。「傑作機」か「欠陥機」か、というデジタルな判断ではいけないわけで、同じことは「戦争」か「平和」かという命題にも言えるでしょう。

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