私は大きな思い違いをしていたようです。
初ニュルブルクリンク、初北コース走行。初ドイツなのだから当たり前ですけど、初めてづくしです。とはいえ、プレイステーションでなんべんも走っているし、ニュルのタイムアタックビデオはNSX、GT-R、メガーヌ他たくさん見てきています。とにかくコースが長く、コーナーが多く、その多くはブラインドコーナーということも見知ってはいました。が、そんな前知識は先入観であり、すべてが吹き飛びました。
まずドイツの交通について。アウトバーンが速度無制限(区間がある)ということで有名ですが、これは正確ではありません。基本的にドイツの道路は速度制限が設定されない、のです。これは高速道路と一般道路の区別はありません(追記:20年ほど前に一般道路のみ100km/hに制限されたとのこと)。道路構造上(轍が深い、曲率が高いなど)安全性が保証できない、ドライバーと歩行者を保護しなければならない場面(交差点、横断歩道)においてのみ、速度を制限するというのが基本姿勢です。ここがまず大きなポイント。
次にニュルブルクリンク北コース。これは基本的に公道なのです! 違いがあるとすると、有料道路であることと、一方通行であること。公道なので誰でも、どんな車でもたとえバスであっても走れるのです。時間帯で区切っており、貸切時間(トラックデイ)は占有走行みたいなもの、サーキット走行用の自動車、バイクのみが入れるようですが、いわゆるツーリスト用時間帯は有料道路扱い。そうです...朝の芦ノ湖スカイライン、箱根ターンパイクのようなものです。
公道であるために、すべてドイツ法と交通法規の下に従います。つまりここでの事故は、交通事故であり、自損事故以外の場合は警察を呼ぶとのこと。これは自動車保険適用のため、事故証明をとるためでこの点はドイツも日本の公道も変わりません。改めてニュルブルクリンク北コースはサーキットではなく公道である証明です。
公道なのになんであんなスピードで走っていいのか? 答えは簡単です。本来公道は速度制限されていないからです...そしてそれはドイツ法規の基本に従っているまでです。
今回走行したツーリスト時間、F1グランプリ開催によるコース規制、ギャラリーコーナーは観客が多く事故も多いためにその場所は速度制限がありました。その制限の標識も通常の標識と同じ。ええ、公道ですから。しかしその区間以外は速度制限はありません、だからいくらでもスピードを出す「自由」があるのです。
さて事故が起きた場合はどうしたらいいでしょうか。これは日本の高速道路と同じでコース外に車をとめ、フェンス(ガードレール)の内側に避難し、救援を待つこと。また他のドライバーは車を停めて助けにいかないこと。オフィシャルがちゃんと拾いに行きます。この事故区間は黄色信号が出て追い越し禁止、スローダウンとなります。
そして他の車と絡んだ事故の場合。警察を呼ぶことになりますが、例えば目の前のバイクがスリップして転倒、それをはねてしまったしましょう。これで相手が死亡した場合、殺人罪(過失致死)で逮捕されるそうです。例え自分に非がなくても責任追及されるのがドイツの法律。サーキットではたとえ自分に非があって相手が死んでしまっても、相手に非があっても自分の車が壊れても弁償など責任追求できません。ですからまったくもってサーキットではない、繰り返しになりますがここは公道なのです。
これを認識してツーリスト時間にニュル北コースを走る、となるとこれほど緊張する場所はありません。なにせバイクに4名乗車の観光している一般車、古いオープンカーで流している車などが混走しているのです。一方でレーシングスピードで吹っ飛んでくるBMWに911がいるわけですよ。遅い車は抜き、速い車には道を譲らなければなりません。
追い越させる場合右側によります。右ウィンカーを出して寄れば明示的です。追い越しは左側からのみ。右からの追い抜きは禁止です。そしてこのルールはまさにアウトバーンと同じなのです。
アウトバーンは右側車線がトラックやトレーラー、ヨーロッパで多い牽引車など遅い車。中央車線が一般車が多い走行車線で、そして左側車線は追い越し車線です。速く走れる車でも追い越しが終われば走行車線にすぐに戻ります。この追い越し車線を200km/hオーバーの速度で走ることはなんら問題ありません。しかし200km/hで走っていようと、その後ろから300km/hの車がくるかもしれないのですぐさま走行車線に戻るべきで、実際に多くのクルマがそれを行っています。
このルールが公道であるニュル北コースも同様に適用されます。車線はありませんが、基本的に右側が走行車線、左側が追い越し車線です。だから一般人が一般車でニュルを走行していいし、走行用カード「リングカード」がF1GPのあちこちで売られていたのです。このカードにチャージしてゲートでカードをかざせばゲートが開いて誰でも走ることができるというのです。
だから私のような日本人も、オースチンからやってきたアメリカ人も、ロシア人もアフリカ人も、オーストラリア人も走行していいんです。ニュルブルクリンクでレース用の車を借りたRSR Nurburgでは35%がドイツ人で65%は海外から来るそうです。最近多くなったのがアジア人(シンガポール、中国)、そしてロシア人とのこと。
公道だからサーキットライセンスは不要です。普通のレンタカーを借りるのと同じく免許証と国外免許を提示してレース用レンタカーを借りられました。
ニュルブルクリンク北コースはGT5で事前に走行していたし、youtubeでタイムアタック映像を何回もみています。NSXやS2000での走行動画も何度となく見ていました、が。
そんなもの、なんも役に立ちません。なぜか。
それはGがかからないからです。グラビティ、重力です。いや言い換えると荷重です。
ゲームもビデオもクネクネ曲がる道だということはよく分かり、横Gがかかることは想像できますが、縦のGがまったくわからないのです。ところがニュルのもっともトリッキーなのはこの縦方向だったのです。
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まずそもそも高低差がすごい。標高570mからスタート、620mまで上がって360mまで下がり続けるのです。標高差260m! 最大斜度+11.6%、-10.1%!
この六本木ヒルズが丁度270m、あの屋上から海抜0mまでアクセル全開で降りてくるんですよ。その下り坂は速度を落とさせるヘアピンは皆無、途中先が見えないクレスト(丘)がたくさん、インストラクターに「5速全開でそのまままっすぐ」とか言われてもクレストの先がみえないんですよ。そしてそのクレストで飛ぶ訳です、上に。そのたびにタイヤから荷重が抜けてひぃぃぃ〜となるんです。速度でいえば180km/hで飛ぶんですよ。ええと確か日本車のスピードリミッターって180km/hでしたっけ。
▼GPSロガーソフトによる2周分の記録:最高速度180.2km/h
先が見えないブラインドコーナーを、荷重が抜けながら飛ぶ訳です。荷重が抜けているということはもうなにも出来ないんですよ、アクセルも、ブレーキもハンドルも効かない。逆にここでブレーキを下手に踏もうものならすぐさまタイヤがロックし、車体が不安定になるんです。例えていえばハイドロプレーニングして浮いているような状態、それを180km/hでやるんです。
怖い、怖い、怖い!
この恐怖はゲームやyoutubeではまったく伝わってきません。ディスプレイ上直線に見えているものがまさか下り坂で上下に揺さぶられて荷重が逃げているなんて。この180km/hは私が体験したスピードですから、本気走りの人はさらにそれ以上、そしてメーカー系タイムアタックをする場合さらに高いスピード域でと考える...うひゃあとなります。
この急激な下り坂をアクセル全開でクレストを飛び越えてブレーキングは特に肝を冷やします。「クレスト前でチョンぶれ、ブレーキ緩めてクレスト越えてからフルブレーキね!」と言われた場所。飛びっぷりが半端なく、着地ではフルバンプ。しかも恐怖にかられてクレスト中もブレーキを下手にかければタイヤは即ロック、前門の虎、後門の狼ですか。
この恐怖に比べてコーナーなんて、安心です。だって怖ければコーナー手前で減速すればいいだけですから。ただやっぱりブラインドコーナーなのでラインが分かりません。縁石はべらぼうに高く、イン側をひっかけると即転倒です、いや本当に。もはや高橋レーシングか、カースタントTAKAか、といった具合。
ということで、ここで映像です。
インストラクターに教えてもらって右コーナー、左側の白線を踏んで大外からアプローチ、と右への曲がりは結構覚えたのですが、このビデオののぼりS字、左側へのアプローチを早くインにつきすぎてご覧の通り、コースアウト。このとき縁石を乗り越えたわけですが、相当な高さでした。アライメントが狂ったかと思いましたが、その後も問題なく、無事でした。
とにかく恐ろしいのがスピード域が高い点。私が走って最高速が180km/h、平均速度が80km/hですからね。いわゆるタイムアタックの場合、20kmのコースを8分で走るとしても平均速度は150km/hですよ、まさに倍、想像つかない世界。
ゲームでは横Gがないからねー、とは思ってましたが、より大事なのは縦Gだと知りました。そうです、荷重です。GT-Rは最適荷重をいってましたけど、そりゃそうだよなあと。特にリア荷重、だって下り坂で前荷重のときブレーキ踏むとリアが軽いFFのメガーヌなんてもう簡単にリアがどっか飛んでっちゃいそうになるんです。正直今回ブレーキはほとんど軽くしか踏んでないんです。フルブレーキなんて皆無、なのにその軽く踏んだだけでリアがどっか行きそうになる位。ハンドルもほとんど切らない、インストラクターに「ハンドルもブレーキもとにかくスムースに。ちょっと切っただけですぐに曲がるから」と言われたとおりでした。元々のハンドリングの良さに加えて、この超ダウンヒル、前荷重がその運転特性を助長しているようでした。簡単にいうとオーバーステア。
道路の構成として、全体的に高い平均速度を維持しようなっているためか、S字は多いのですけどヘアピンぽいヘアピンは有名なカルーセルくらい。これも峠道にありがちな高低差を埋めるためのヘアピンではなく、谷間を埋めるためのもののようで高低差はさほどありません。
つまり公道である道路自体の設計思想が高い平均速度を維持しよう、となっているのです。これは北コースの外側にある一般道も同じで、実際には300m近い高低差があったとしても丘陵をうまく使って緩やかにコーナーをつないでいます。
これはヘアピンなど急激なブレーキングによって運動エネルギーを熱エネルギーに変換して放出することを嫌ってではないかとうがってしまいます。つまり「せっかく速度出したのにもったいないじゃない」という効率的な発想かと。ジェットコースターは実は動力がありません。あれはスタートしてすぐにチェーンで一番高いところにもっていて、その位置エネルギーを運動エネルギーにかえて速度を出しているのです。
それと同じことで、ブレーキさえしなければ位置エネルギーを運動エネルギーに100%かえられればまた同じ高さに戻って来れるのです。これは物理法則。
ところが下り坂でブレーキして運動エネルギーを失ってしまうと、今度は上り坂でまたエンジンを使い位置エネルギーを蓄えなければならなくなります。ニュルでタイムを出すには実はこのジェットコースター的考え方を実践する、つまりブレーキをいかに使わないかが大事なのです。ブレーキはエネルギーを熱に変えるだけの存在であり、他何も役立っていません。
この速度=運動エネルギーを維持しよう、という概念が実はドイツの道路、交通、自動車作りの原点な気がします。
ということで、ニュルブルクリンク北コース走行は色々なことを考えさせられました。
(つづく)
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