「おもてなしの経営学」:ソニーのエンジニアの名誉のために一言

中島聡さんの「おもてなしの経営学」の一部を読んで愕然としました。余りに事実認識が異なるので、謹んでここに一言いわせていただきます。

問題の箇所はp.234の『ソニーがiPodを作れなかった理由は「中間層」の不在?』です。

中島:僕はソニーをみていてものすごくイライラしていたんです。

そうでしょう、私もソニーで働いていてものすごくイライラしていました。ですからその苛立ちはよくわかります。

出井さんには2002年頃に何度かお会いしたことがあります。出井さんは、とにかくネットワークでつながったデバイスで何かをしなければいけないと危機意識を感じていたけど結局、エンジニアの人が動かなかった。

おそらくはもっと別のことを伝えたかったのだと思いますが、その手段としてソニーのエンジニアを軽んじた発言はいかがなものかと。

私が見る限り、ウォークマンのソニーにおいてポータブルオーディオに対する興味関心は一般以上に高かったです。MP3プレイヤーが出てすぐに本社2号館へと入るエンジニアはみなMP3プレイヤーを使っていました。1990年後半、まだメモリが64MBとか128MBの時代です。

iPodが出るとこれまたみなこぞって買い、それこそウォークマンなんて使いませんでした。

そんな状況で、エンジニアが動かずいられますか?

エンジニアは「自分で作りたい」種族だということはよくご存知でしょう。自らがやろう、動こうとしないはずがないじゃないですか。もちろん誰から号令されなくてでもです。

出井さん自身も大きなフラストレーションを感じていました。要はエンジニアたちが理解してくれない、と。実際は、中間管理職の人たちが嫌がったのかも知れません。 (中略) どうにかアナログからデジタルに乗り換えたのにそこからまた動くのかと、社内で抵抗した人たちがたくさんいたのではないでしょうか。

まあ「かもしれない」「ではないでしょうか」なので推測なわけですが、この推測をする前に大きな問題を忘れています。それは著作権保護の問題です。

ソニーのエンジニアの前にたちはだかったのは、MagicGate, OpenMGに代表される著作権保護技術。

News and Information "NW-MS7"

また本機は、著作権保護技術「MagicGate」(*2)を採用し、著作権者の権利を保護しながら、「MG メモリースティック」へのコンテンツの記録を可能にしています。パソコンとのコンテンツのやりとりは、著作権保護技術「OpenMG」(*3)を採用。付属の「OpenMG」対応アプリケーションソフトを使用することにより、EMDのお好みの音楽をパソコン内ハードディスクドライブ(HDD)を介して「MG メモリースティック」に記録できます。

Sony Japan|OpenMG - TOP

エンジニアが望んでいたのは普通に音楽をMP3にして、再生できるウォークマン。ところが上からの命令でこのMagicGateとOpenMGを使えと強要されたのです。

もしもiPodが上記2つの技術を採用しなければならなかったとしたら、現在のような発展はなかったはず。というのもこの著作権保護技術はコンテンツホルダーの権利をまもることだけに終始し、ユーザーの使い勝手は皆無。それこそ

でも時はすでに、ソフトウェアのユーザー・インターフェースやユーザー・エクスペリエンス、ネットワークで勝負する時代に移っている。

という言葉にまさに逆行したものだったのです。

エンジニアはユーザー・インターフェース、ユーザー・エクスペリエンスを向上させるためにこのOpenMGは最悪だと分かっていながらも、それをソニーという企業ではやらざるを得なかった。もしこれをやらなくていい、やるべきではないという決断をできるのは社長や会長であって、エンジニアではないです。

ですからソニーのエンジニアの名誉のために言っておくと、エンジニアは自分たちでiPodにiTunesを作りたかったし、作ろうとした。しかし作らせてもらえなかった、というのが実際のところです。このOpenMGを巡っては、それこそ怒号がとびかってましたよ。

ほんと、ひどい話です。

おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由 (アスキー新書 55)
おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由 (アスキー新書 55)中島 聡

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