ミニ四駆小説「流しのミニヨン・レーサー北川」:第36話 アルカディア #mini4wd

前回までのあらすじ

流しのミニヨン・レーサー北川が連れて来られた場所に神山がいた。神山は北川に協力を迫る。仕方なく了承した北川がみた光景とは。

ドアを開けるとそこは真っ白い床と壁が広がる、工場だった。真新しい工場はすべては光輝き、まばゆいばかりだった。工場といって想像するものとは異なり、もはやそれ自体がアートギャラリーのような趣である。F1のピットか、スーパーカーの工房といった方が近い。

その広い空間で働くのは名だたるミニヨン・レーサーたちであった。皆生き生きと、楽しそうに作業に没頭しているため北川たちに気付かない。

あるものはベアリングを、あるものはモーターを、そして電池、ギア、カーボンパーツといった具合に得意領域のパーツを専門に仕上げる職人、そしてそれら厳選されたパーツを組み上げ、セッティングを出す職人といったように分業されている。

セッティングを出すためのコースも完備され、それぞれ直線が中心のオーバルコース、そしてコーナーが連続するテクニカルコース、さらに最近トレンドの立体交差、テーブルトップがある立体コースなどが広い広い工場内にいくつも設置されていた。

そのコースを実走、その様子はすべてテレメトリーシステムによりモニタリングされ、タイム、コーナリングGにはじまり回転数、電流などすべてログとして記録される。そして発表された大会のコースを実際に組むことで事前に最適解を求め、もっとも速いミニ四駆を事前に組み上げるのだ。

神山「どうだ、素晴らしい設備だろう。いや、設備だけではない、ここで働くすべてのミニヨン・レーサーたちの技術が結集することでダーク・ゴーストの輝かしいマシンとなるのだ。私はすべてのレーサーたちにリスペクトを持っているのだよ。」

北川「...」

神山「ここはまさに理想郷、アルカディアだ。北川、お前は職人の顔をみたか。みんな充実した表情をしているだろう。ここでは好きなミニ四駆を毎日作ることができるんだ。それで生活ができるなんて、これに勝る幸せはない。」

確かに神山の言うとおり、みながみな楽しそうにしており、目が輝いている。

神山「仕事というのは本来やらされるものではない。誰もが自分のやりたいことをやるべきなのだ。これまでミニ四駆が好きでも、それを作って食うことなんて、できなかった。しかしここではこれが趣味であり仕事であり、生活なのだよ。だからこそ、みな寝食を忘れ、集中して次から次へと新しいチャレンジをしている。この繰り返し、まるでポリリズム、この衝動はまるで恋だよ。この試行錯誤の連続の結果、さらに速く、強いマシンが生まれる。その強いマシンが勝ち、利益をもたらし、また投資ができるというわけだ。

ただ一つ、...まあ些細なことだが問題がある。それは優秀な職人が不足しているということだ。ミニ四駆作りは単なる工業製品ではない。スーパーカーを作るのと同じく、熟練の職人による作品作りなのだ。これほどの設備と量産体制が整っても需要に供給が追い付かない。幸い部品供給体制は整ったが、すぐに職人を手配することは困難だ。

まあそこでお前に協力してもらうことになったというわけだ。良かったな、手に職があって、ワハハ」

北川「...そうだったのか、それで...」

北川は工場の奥にあるブースにつれて来られた。ブースの中にはミニ四駆製作に必要な工具から部品まで、すべてが揃っていた。

神山「ここがお前の職場だ。どうだ、贅沢だろう。ここで毎日ミニ四駆を作ってもらうぞ。おっと変な気を起すなよ、このブースには電流が流してあるからな、出ようとするとビリビリってくるぞ。前にもそれで黒こげになってしまった不幸な奴がいたから、気をつけろよ、フフフ」

神山はそういって北川をおいて去って行った。

机の上には詰みあがったミニ四駆の箱とパーツの数々、そして工具が置いてあった。他にすることもない、出るに出られない。元々ミニ四駆が大好きである、することがあろうがなかろうがミニ四駆を作ってきた北川はつい、ミニ四駆の箱を手にしてしまう。

北川「...理想郷、アルカディアか...」

北川は本来サラリーマンである。朝、混雑する通勤電車にゆられること1時間、朝9時に出社する。会社では会議の連続、その議論は常に空転し、理想論と現実論がぶつかりあい、結論がでないまま時間だけが過ぎていく。限られた予算と時間の中で効率化をはかり、最大限やっているつもりだがそれが評価されることはない。常に上司とクライアントに叱られ、仕事での満足感は得られたためしがなかった。

残業で疲れ切った自分に活力を与えるのが、ミニ四駆だった。飲み会もなく、デートもなく、ただ残業して終電間際に帰る毎日。深夜から寝るまでのほんの少しの時間、10分でも20分という短時間でも毎日コツコツと仕上げるミニ四駆。そして残業がない日に街に繰り出し、界隈のミニ四駆コースに出没してタイムトライアルをする、それが唯一の楽しみだったのだ。

それがここでは毎日ミニ四駆を作り続けていいという。まさに無尽蔵の時間と、充実感。ミニヨン・レーサーにとって間違いなく至福である。いや、利用されていることは明白なのだが、それでも目の前に広がる理想の環境に北川は身震いした。

北川はそんな考えからふと我に返り、あたりを見渡すと見覚えのある顔が見えた。

北川「...あの顔は、まさか!」

視線の先には赤い顔の男がいきいきと作業をしていた。

(つづく)

この小説はフィクションで、実在の人物・団体と一切関係ありません。

賭けミニ四駆レースは法律で禁じられています。

ミニ四駆は株式会社タミヤの登録商標です。

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