意識がもうろうとしている。これは風邪による発熱か。確かにあの日、六本木ヒルズにいた気がする。なによりこの写真が証拠だ。これほどの高さから都内を一望できるビルといえばヒルズ以外に思い当たらない。
なぜ六本木ヒルズにいるのか。それすらもよく分からない。ただ iPhoneのカメラロールから発見された一枚の写真。
これによると毎年恒例となっている押井守のトークイベントのためだったようだ。そうか、そんな気もする。この押井守のトークイベントは毎年2月26日、つまり「226事件」の日に行われた完全オフレコイベント。オフレコ…つまり他言無用ということである。
ここで話されたことは一切外部に漏らしてはならない。
数千人、いや1万人を超えるであろう参加者が全員寡黙にも秘密を守っているというのだ。しかも今回で11回目、10年以上も続いているのだがこのイベントの存在は外部に公表されていない。いわば秘密集会、いや非合法的組織による洗脳集会といってもいいかもしれない。寡黙な参加者、いや信者によって守られた秘密イベント、しかしその存在だけは私も知っていた。
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この書籍の冒頭に「恒例の226イベント」、との記述があったからである。
今回はこの秘密集会の首謀者、といえる人から日本国の内閣府官邸に潜入した工作員を通じて紹介があったのだ。「秘密決起集会があるが、同士となるか」と。
さすがの私もそう簡単に甘言に乗ることはできない。なぜならこのイベントは騒乱罪や凶器準備集合罪、テロ対策特別措置法により逮捕者を出す可能性があるからだ。しかし今回は万が一の事態があっても内閣官房秘密調査局ITアドバイザーを通じ、身の安全は保証されるという。しかも入場料が前売割引されるというのだから、それは千載一遇のチャンスである。
とはいえそれでも万が一の事態を考え、現代日本において毎日テロ、戦争について研究を行い、さまざまなケーススタディを行っているという民間企業コナミのメタルギアソリッドチームに所属する精鋭の友人に同伴してもらうことにした。もちろんいざというときはCQCで身の安全を保証してくれるはずだ。そしておなかが減った時用に大塚製薬・カロリーメイト、うますぎる、の携行も欠かさない。これほど安心なチョイスもないはずだ。
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万全の態勢をとり、六本木に向かった自分だったが、唯一の誤算はこの熱だった。体調が不調である。もうろうとする意識の中、押井守の声が脳内でこだましていた…
・・・
はたしてこのイベントは本当にあったのだろうか。いやイベントだけではない、果たして内閣府官邸の工作員、そして民間企業コナミの友人は実在したのだろうか。同伴したという記憶もあいまいであり、そもそもその記憶すら自分が作り出した幻影、つまり夢ではないのだろうか。
夢、夢というならばそもそも私は誰だ。
確か人生それなりに長く生きていた。妻と子供が一人。クルマは2台。そうだ、どちらもオーリンズショックを入れてハンドリングを追及して、なかなかのモノに仕上がったよ。一度乗ってみるかい?
その記憶も本当に実在の記憶なのか、それとも作られた記憶なのか。
誰がどうそれを判断できるというのだ。自分か、それとも他人か? 記憶は曖昧で、すり替えが可能で、時間とともに変化する。人間の肉体がただの一時も同じでないように、記憶が未来永劫同じであるはずがない。時間の経過とともに忘却、変化していくのは自然なことだ。
この忘却、変化に対抗する手段、それは記録だ。
記録だけは変化しない。忘却しない唯一の方法である。
過去人類は記録をしつづけてきた。その手段はいろいろだ。その記録のもっともすすんだ形がスマートフォンとすると、もっとも原始の形は言葉である。
言葉で表現されたものだけが、記録される。言葉に表現できないものは、忘れ去られる。そう、まるで存在しなかったかのように。
言葉にならないものは、存在しなかったも同然だ。この226イベントは他言無用イベント。つまり記録が存在しない、言葉がない、つまり存在しないも同然。
しかしだ。
存在しなかったわけではない。存在はしたんだ! なぜならば私は見たからだ。聞いたからだ。
存在しないのと、存在しなかったも同然というのは同じではないのだ。あの時間、あの空間を3時間も多数の同士と共有したのだ。そしてその同士たちは寡黙なまま散会をし、それぞれの生活に戻っていく、まるで何ごともなかったかのように。
イベントは確実に存在したのだ。もう同じ景色が同じに見えない、同じ生活に戻れない。そうだ、それがこのイベントの存在を確実に指し示すものであり、我々が現実に存在している証明になろう。無限時間の中で永遠に生活する夢の世界の住人ではないのだ。
現実世界で生きるということは、何か。何をもって生きるのか。われわれはなぜ生きているのか? いや生かされているのか? 誰にだ? 誰の意思で生きているのか?
動物はなぜ生きているのか? 生きる目的はなにか? 生きるのに目的がいるのか? 動物はなんの目的をもつというのだ?
それがどうであろうと、我々は生きている。生き続けている。そうであれば、何をして生きるかが重要だ。何をするのだ、これから。
もうろうとする意識の中、再び言葉がこだまする。
・・・
「今年も・・・でしたね。来年も同じ2月26日に開催しますので、よろしくお願いします」
記録はないけど、存在は確実にする秘密の226イベント「Howling in the Night 押井守 戦争を語る」は来年も開催です。内容が知りたい人は来年ぜひ、足をお運びください。
ご注意)
発熱があるなか(これは本当)参加したため、記述に(大幅な)記憶違いがあることがあります。くれぐれも鵜呑みしませんように。皆様の良識ある判断に期待します。