野間家のDNAが当人の父に不評なので、バランスをとるために今度は母について書き記しておこうと思う。
これはFacebookに投稿して絶大な人気を誇ったので、きっと大丈夫でしょう。
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輝く女性 part2
好きなことして輝く女性で思い出すのは、実は母である。
英文科を卒業して英語教師をしていたが見合いして24で結婚、25歳で私を出産。専業主婦として家事を切り盛りし、妹、弟と三人もうけたわけだが、元々勉強熱心で一つのことに集中すると脇目を振らず没頭するタイプ。
ある時は書道。最高段位まで行って教えられるほどになったので書道教室を自宅で開く。
息子娘が神奈川県屈指の進学校に行ってた背景を利用し、近所の子を集めて学習塾を開く。
音楽が元々好きだったが、私の高校の音楽教室を受けるうちに進学欲が出てきて受験。音楽短期大学に入学、その時私が大学2年、母親大学一年。え?
卒業後の進路は音楽教師になることだが、それには教育実習が必要であるが、なにせ熊本出身、神奈川に教室実習に行ける高校なんてない...って思ってたら行ったよ、私の母校に。男子校に!
男子校の卒業生は当然男子だけなので、教育実習に来るのも男子だけなのに、なんと学校始まって以来初の女子短大実習生! 色めき立つ生徒の前に立ったのは先輩の母親というガッカリ感。
しかしそんなことは本人御構いなし。
短大は授業も多く、声楽科は実技も大変。追試を沢山受けながらも辛くも2年で卒業。
卒業後すぐに熊本の実家のそばの中学に就職を決め、中学になろうという弟だけ連れて熊本へ。その駄賃に持ち家売却、父親は放り出されて、私のアパートに転がり込むことに。別に離婚したわけでもないのに。
母親はそんなこんなで音楽の非常勤講師となり、その後結構長い間教えてたようである。
引退してからも英会話スクールに通い、ホームステイにもいってた。
ホームステイ先のホストファミリーよりも年上でも行くという荒業。そういえばニュージーランド行っててちょうどクライストチャーチで大地震に遭遇してた。
で、音楽好きなもんだから今もフルートの音楽教室に通う現在76歳。
専業主婦やめて短大生になった時は、家族に隠れて勝手になっててマジびびったし、その間は家が荒れ放題で大迷惑だったけど、今振り返ると母は正しいというか、人生を楽しむ天才だなあと関心してるし、年齢とか関係なく新しいことにチャレンジするその姿勢は見習いたい。