劇場版 機動戦士ガンダムSEED FREEDOM phase-02: ラクス・クラインのなりたかったもの

劇場版 機動戦士ガンダムSEED FREEDOM phase-01: 20年待った甲斐があった - のまのしわざ

感想第二回目は本作の主人公となるラクス・クラインについて。

(以下ネタバレあり)


テーマは愛

劇場版SEED FREEDOMはキラとラクスの物語。キラは常に主人公であることは疑いの余地がないが、ラクスはどうか。ここで一つ、基本的な人物相関図をおさらいしたい。

キラ:ラクスが愛すると決めた人
アスラン:ラクスの「元」婚約者、恋愛感情なし
アスランとキラ:幼馴染で、途中お互いを殺しあう
パトリック・ザラ(アスランパパ):ナチュラル殲滅の強硬派、ラクスパパ(シーゲル・クライン)を暗殺
ラクスママ:未登場。アウラと共にラクスを作ったが、袂を分かったのか謎。行方不明または死去。

SEED FREEDOM時点でラクスには親兄弟、血縁いない上に最大の問題は友人もいない。ナチュラルとの共存をはかるクライン派の実質党首としての存在、それに仕える人々という構図がSEEDからDESTINYへと続いて、それに嫌気がさしてかDESTINYでは隠居していたのに、デュランダルが暗殺しようとするもんだから表舞台に再び戻ってきたという、役割を演じることを宿命づけられた存在。

きつい。重い。

だからかラクスの振る舞いはやたら明るい陽キャと、真実をえぐる芯の強い聖母の2面しかない。そして常に策士。本心を打ち明けず、常に2手3手先を見て行動している。そのため例えアスランパパに暗殺されそうになり、逃げ回った時ですら表情をかえず冷静に行動していく。涙を見せることはほとんどなく、勝気で気丈。それがラクス・クラインだったのだが。

本作では常に迷い、弱く、涙をみせてる姿ばかり。これは本当のラクスの姿だったのかもしれないが、弱っているラクスをみるのは気の毒で胸が締め付けられる思いだ。

愛の触媒としてのイングリット

弱弱しくなったラクスはコンパス総裁という肩書が作用している。キラと一緒に戦いたいという一心から役職を引き受けたものの、キラも准将でヤマト隊隊長という役職があることから二人はすれ違っていく。立場が変われば心も変わるというのは恋愛でよくあること、その隙間にオルフェが割り込んでくる。

そこでメロドラマ展開になったわけだが、再び純愛になっていくのを決定づけたのはイングリットだ。触媒というより仲人かもしれない。

イングリットがラクスに問いかけることで愛とは何か、それを言葉に、行動にしていく。このシーンでかかる挿入歌「望郷」がまた昭和歌謡でメロドラマにとてもよく合う。何度みても泣き笑える、まさに昼メロの王道である。

パイロットスーツを脱ぎ捨てる意味

戦い終わったのち、キラ、ラクスの乗るマイティフリーダムはミレニアムを一顧もせず一目散に戦場を離脱、ラクスの指輪は宇宙空間を漂い、服を脱ぎ捨てた二人は波打ち際でキスをするラストシーンは「去り際にロマンティクスしやがったな!」と騒然とさせた。

ロマンティクスの意味の定義はさておき、SEEDオープニングでおなじみの裸のイメージシーンがリアルな裸のシーンとして出てきたのにはただただロマンティクスさせたかったわけではない、と思う。

パイロットスーツはまさに肩書、准将と総裁の象徴そのものだからだ。反撃の決め手となった傲慢ビーム、ディスラプターでの准将の申請と総裁の承認。大きな力は大きな責任を伴うが、それは武力であり権力であり、そのふたつをこの二人が請け負ってしまっていた。世界を二人で背負うのはきつい。

世界は世界、二人は二人。

ってことでスタコラさっさ、とんずら決めて、肩書ともサヨウナラ。

そうでなくともスーパーコーディネーターのキラ・ヤマトだし、世界を導くアコードでアイドル歌姫でシーゲル派の実質党首のラクス・クライン。もうやってらんないよな。

愛に生きるにはそんなパイロットスーツ、着てる場合じゃねえ、脱げ脱げってなるのも自然である。すぐパンツにインする体操着みたいなのに着替えるから大丈夫。あれどこで売ってるんだろう?

つまりラストは愛の逃避行、駆け落ちである。

そういえば新幹線で着ていた服を全部脱ぎ捨て真っ裸になってた人が昔いた。もちろん逮捕されたが、「親から買ってもらったこの服を脱ぎ捨てて、一人で一からやりなおしたい」と供述していたが、新幹線ではなくオーブの海岸でやっていたらよかったのに。

ラクスのなりたかったもの

SEED HDリマスターを改めてみていると、ラクスの存在感の薄さ、登場回数の少なさに改めて驚く。OP/EDやアイキャッチで毎回でているからずっといるような気になってただけで、明らかにヤンデレ女フレイ・アルスターの方が登場しているし、キラに絡んでいる。

SEEDでフレイは死亡したのだが、もしフレイが生きていたらキラがラクスを選ぶ目はなかったと、監督まで証言している。

ラクスの乙女ゲー的視点でいえば、キラ攻略はかなり難易度は高い。結局ラクスは最初にキラに助けられたときに一目惚れ、アスランに「私、あの方好きですわ」と言った時の好きはLikeではなくLoveだったということを今回ようやく理解。

あの手この手のプレゼント攻撃でキラ攻略をするわけだけど、それがフリーダムとストライクフリーダム。アスランのハロ攻撃とはレベルが違う、しかもそれが元で親はアスランの親に暗殺されてしまうくらいだから覚悟が違う、ってそういう話なのか?

そうなってくると結局乙女なんだけど、ラクスのなりたかったのは

「キラのお嫁さん」

だったのではないかと思えてくる。昭和か。まあ今回昭和のメロドラマだったので、やっぱり昭和でいいんじゃないかな。作っていた夕飯とお弁当は昭和っぽいメニューだったし。

ごくごく普通の乙女の願い。