自動車が出来てから100年余りが経ちます。量産車T型フォードの登場によりアメリカでは1900年代から自動車が馬(馬車)の代替手段として一般的な移動手段となりました。
しかし日本では馬や馬車が移動手段として一般的になった時代はなく「マイカー」と呼ばれ庶民の手に自動車が行き渡るようになったのは、ここ30年余りのことです。
ヨーロッパと一概にひとくくりにしてしまいがちですが、帝政プロシア時代だったドイツとフランス革命により王政が終わったフランスとでは自動車に対する考え方が大きく違います。ドイツでのカスタマーは王宮貴族を対象とした豪奢な高級車が求められましたが、フランスでは民衆のために大衆車が作られました。そして車に「クラス(階級)」という概念があり、自分の所属する階級に相応しいメーカーを選ぶ傾向が今も残っていると言います。
このような歴史的経緯を踏まえ、アメリカ、ヨーロッパ、日本のユーザーの嗜好をこの本は分析しています。
・メーカーオリエンテッド機能、ユーザーオリエンテッド機能(X軸)
・情報価値、物理的価値(Y軸)
これは嗜好を分析するために著者が用いたマトリックスを作るための要素です。情報価値とは、例えば腕時計の物理的価値が「正確に時刻を知る」だとすると、ブランド力や見た目の美しさ、おじいちゃんの形見などの価値をいいます。卑近な例でいえば一万円もしない腕時計と100万円もする腕時計で物理的価値はまったく変わらないものの、ブランドという情報価値がその値段の差を産むわけです。
この2つの軸で切られた象限をエリアにわけ、各地域のユーザーがどういったものを好むかをマッピングしてみました。
アメリカは物理的価値が好まれ、情報価値は余り興味がありません。あくまでも広い大陸を移動するための車という位置づけです。
ヨーロッパでは上記に加え、メーカーオリエンテッドな情報価値が好まれます。例えばベンツの高級品質、BMWのスポーティなイメージ、ボルボの安全性などメーカーのブランド力がそうです。また外観のアイデンティティを重視し、どの車種であっても一目みてベンツ、BMW、ボルボを区別することが可能です。ヨーロッパの車作りは「ノブレス・オブリージュ(貴い者は義務を負う)」の精神に乗っ取り、社会に対しての責任を果たす気持ちを持っているところも特徴的です。
日本はユーザーオリエンテッドな物理的価値は余り重視されません。例えばヨーロッパでは重視される物理的価値、ブレーキ性能や高速安定性などよりも付加価値となるディーラーオプション装備やブランドが好まれます。面白いのはヨーロッパではメーカーオリエンテッドな情報価値であったブランドが、日本に「輸入車」としてやってくるとユーザーオリエンテッドな情報価値と変貌する点です。またパイクカーと呼ばれる限定車がヒットしたりするのはユーザーオリエンテッドな情報価値が好まれる好例です。一方で外観に統一性がなく、マークに依存したカーデザインはメーカーオリエンテッドな情報価値が弱いことを表しています。
車メーカーはグローバルな戦略により各社資本提携をしている世の中ですが、歴史や風土に影響をされた結果現在に至っていることがよく理解できました。
カー・デザインの潮流―風土が生む機能と形態
森江 健二