DIALY OF September 2000


9月 16日(土)晴


It's hot and cold あつかったり、さむかったり

Humidity and temperture are changing every day, we wear clothes which is long sleeve to avoid air-conditioned building cold.

ってなんのことやら。

えれーいそがしい

学期が始まった。研究室に入った。寝る暇は確保しているものの、ほんと会社にいっていた頃より全然忙しい! 何がいけないかっていうと、とにかく宿題(assignment)の分量が多い。PhotoshopやPainterを使って作る宿題のほか、reading assignmentとかあり、当然英文をたくさん読まなきゃいけない。辞書片手に単語をひきひきやっていたのでは、丸々2日かかる。そんな状態が1授業(class)、2クラスとっているとその2倍。そして週に二回の英語の授業。こちらも宿題が出て、しかも一日2,3時間nativeと話せ、一週間に3時間 writingしろ、それができない限りは上達しないとまで言われている。はて。一週間はわずか7日。土日なんて、やすめなーーーーーーーい。

なきいれている場合じゃない

よ、ほんとに。NYだからミュージカルだ、美術館だ、大リーグだ、CARTだと楽しみにしていたamusementなんて、夢のまた夢。考えてみれば、マンハッタンから郊外にすら出たことない。遊びはsemester(学期)が終わってからだな。となると12月、クリスマス、寒そう・・・

そういえば研究は?

そうだった、研究しにきたんだった。忘れてたよ。研究はほんとまたこれがいいかげんなもんで(?)、自分のアイディアはこういうのだーーーーーっと下手な英語でベラベラベラと喋ったら、なにやらそのまま進んでしまっているらしい。なぜらしいかというと、向こうの英語はわからないからだ(^^; 会社で課長にOKもらい、部長にNGくらった企画、そのまま。ふーん、いいんだー、これやっていいんだー、というか、どうも楽しみにされているしいぞ。早くつくんなきゃいけない雰囲気を感じる。まだ数日もたってないのに、どうなってるとか聞かれてもねえ、宿題で手一杯とはいえないし(ダブルな意味で)。

英語さえ出来れば

天下とったも同然なんだけどな。というのも、この学科、やはり見込んだとおりの場所で自分の専門分野にぴったりミート、専門技術もほとんど自分のキャリアでカバーできてる。概念的なことや、論理的なことまで、オーバーラップしていて、なおかつ自分の興味の分野を持っているというすばらしい場所。ああ、ほんとにここにキテヨカッタ。


9月 5日(火)晴


えれーさむい

えーと、50度だそうだ。50度といっても摂氏でなく、華氏(F)。全然実感わかないけど、15度Cくらいらしい。そりゃ寒いよなあ。明け方寒くて目がさめてしまった。しかしきるものが超夏物しかまだない。さて、風邪を引く前に日本からの荷物は近日中に届くか?

Pictures of Aircrafts Carrier Intrepid

を公開してみましょうか。こちらをどうぞ。


9月 2日(土)晴時々雨


Aircrafts Carrier Intrepid

NYにはかなり珍しい、退役航空母艦を使った sea, aire space museumがあるというのでうきうきわくわくしながらいってみた。

場所はマンハッタンの真中の西側の岸壁。pier86というところに航空母艦と巡洋艦、cruise missileを搭載した(きっとはじめての)潜水艦と共に停泊、展示されている。

まるでエリア88

川際は街も殺伐とし治安が悪いといううわさどおり、夜は歩きたくないと思うような場所を抜けると、川とともに航空母艦が停泊している姿にはびっくり。いわばお台場にとまっているような感じだ。入場料$12を払ってまずは航空母艦から。内部のハンガー(整備、格納する場所)がメインの展示場となっている。F14からはじまり、第二次世界大戦のレシプロ戦闘機、グラマンほげほげがたくさん展示されていた。その奥には航空機の歴史、潜水艦の歴史や、そして今後の宇宙開発の歴史まで。その奥にはカフェテリアがあり、なんとそのカフェの上にF16(本物)がワイヤー3本でつるしてある!! しかもよーくみると、F16はゆらゆらと揺れているという状態だ。なにかの拍子でワイヤーが切れたら間違いなく、何人か死ぬ、、、というような展示状態。

上のデッキ(甲板)にあがると、そこにはベトナム戦争から今までにいたる、戦闘機、偵察機、へりなどが展示されている。ハリアー、シーコブラ、 スカイホーク、MIG21、ファントム、コルセア、クルーセーダー、イントルーダーそしてブラックバードまでが所狭しと並べられている。はっきりいって超豪華、これだけで一体いくらすんの状態。

そんな戦闘機たちに魅せられて、浮かれまくっていたのは途中まで。実はこの Intrepidにはふかーくて、おもーい歴史があった。

第二次世界大戦デビュー

1943年に進水、そして1944年にはレイテ沖海戦に参加している。そして神風特攻隊の初めての被害を受けたのがこのIntrepidである、、、なんてことは「地球の歩き方」には一言も書いてなかった!? ちなみにパンフレットには一番最初にちゃんと書いてあるし、内部の展示物の一コーナーをきっちりこの「KAMIKAZE ATACK」について占めてある、そしてなによりビデオでその模様や当時のクルーの証言などを再生しているのだ。そこまでやっている展示は他にはない。甲板の上にはKAMIKAZE ATTACKにて被弾した場所に慰霊碑まで立てられているという念のいれようだ。そこまでしていているのに、なぜ一言も触れてない「地球の歩き方」。地球の歩き方には「ベトナム戦争等で活躍した・・・」と紹介されているが、パンフレットに少し載っている程度でベトナム戦争についてのコーナーはどこにもなかったぞ!

グラマンHELLCATのコックピットの横に20以上の日章旗がペイントされていたり、レイテ沖海戦の4日間に渡る戦闘の結果、日本軍の被害が 3 battleship, 2 airship・・・と書いてあったり、ビデオでは母艦が沈没し、漂流する日本兵が映し出されたり、神風部隊を送り出す姿や、炎上しながら海の藻屑になっていく姿がずっと流されている。そんなのを見ると、英語の砂漠、進駐軍の母国にいる一人の日本人としてかなり感情が高まっていくのを感じずにはいられない。そんなとき・・・

うそじゃーんこれ

その映像資料、編集があざとい。神風特攻隊の映像がない部分を作ったらしく、飛行機の横にアルファベットででかでかと「KAMIKAZE」、しかもその飛行機、どうみてもゼロ戦などの日本の飛行機じゃない。多分神風特攻ではなく、普通に撃墜され炎上しながら落ちていく戦闘機が空母の近くになった瞬間爆発の映像に切り替わり、さも神風で空母に甚大な被害が与えられたかのような印象を与える映像を作り出していた。

ちなみに、Intrepidでの被害は10数名の死者、8名の負傷者となっている。そしてIntrepidは沈没していない。説明では9つの神風特攻、8つはBOMB、1つはTORPEDO(魚雷)を受けたと書いてあるが、それはどうやら部隊に対してであるらしい。

ところ変われば

アメリカ人として、この展示を見たときどういう印象を持つのか。実はこのビデオの場所、意外に人気が高く常に数十名が食い入るように見ていたのだ。まあ普通に考えれば、「カミカゼなんてunbelievableだ、被害を受けた人はかわいそうに」とかになるんだろうなあ。でもねえ、そのときの海戦が決定的となって日本は敗戦に導かれていくわけだよね。

ところで、日本にこの手の展示ってあるかというと、ないよね? 原爆資料館があるくらいで、ただそれも基本的には民間人が住んでいる街が、世界初の放射能兵器により大量殺戮されたという歴史を受身に示しているだけであり、アメリカが原爆を落としたからこうなったという展示ではない。戦後のアメリカ統治の際にほとんどのものは処分、廃棄されてしまい、Intrepidのように歴史の生き証人というものは残ってない。あれだけ量産したゼロ戦すら日本には存在しないのだ。

歴史というものは事実であり、解釈の仕方により色々にとれるものだ。しかしその解釈の違いからの論議や不幸な歴史に背を向けているかのようだ。NYの街を見渡せば、必ずどこかに星条旗が翻っている。国旗だからね。日本では国旗ひとつ、国歌ひとつをとっても論議を呼んでしまうのは余りにも過敏で非常識なことだと思う。まるでオリンピックだけしか認められてないかのよう。

提案

東京に「東京空襲記念館」っていうのを作り、B29を展示しよう。もちろん原爆を落としたエノラゲイも借りてアメリカから持ち込むのだ。東京空襲でいかにどれだけの甚大な被害を受けたか、きっちりと日本に、世界に示すのだ。沖縄平和記念館とかいうのも、沖縄にあっても誰も見ることができないから東京支部を作り、そこに統合だ。もちろん原爆資料館の分館も東京にあつめる。それをお台場の、船の科学館の横あたりにどーんと立てるってのはどうだい、石原知事。日本はこれだけのことを戦時中に受けて、もう戦争の愚かさは十分認識しているよ、二度とやらないとという意思表明をきっちりと世界に向けてアピールするというのは重要なことだと思う。もちろん戦争を知らない世代似対してにもだ。

敗戦がもたらしたもの

敗戦により、日本は航空機産業がほとんど途絶えてしまった。YS-11の開発は戦後唯一の民間航空機開発であったが、それも今はついえてしまった。航空機産業の発展形である、宇宙産業などいわずもがなである。H-2が爆発し、衛星が起動に失敗するのは仕方のないことだ。

が、そんなことをいまさらいっても仕方がない。このような軍事が先行し、民間産業に技術が降りてくるという産業形態自身がすでに20世紀の過去のもので、21世紀型ではない。

21世紀型、それはネットワークにおける統制のとれない個人の行動による欲求爆発、予測のできないパワーをビジネスに転換する形態である。NapsterやICQのおかげでPeerToPeerの重要性が認識されはじめた。個人の欲求を開花させるソフトがいかに従来の産業を脅かすか、国家までも脅かすか、それが今まさにはじまっているのだ。この動きに正面から取り組んでいるアメリカってえ国はほんとに凄いよ。

でもその前にごみの分別くらいして、犯罪減らしたあとは街を綺麗にして臭わない街にしてほしいもんだ。


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