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      <title>trip アーカイブ : のまのしわざ</title>
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      <description>好きなものは空と緑とS2000とガンダムとラジコン・ミニ四駆、Perfume（かしゆか）。ときどき子育てとキャンプ。</description>
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         <title>海外留学</title>
         <description><![CDATA[先日から息子がニュージーランドへ11カ月間の留学に旅立ちました。

<a href="https://nomano.shiwaza.com/tnoma/blog/archives/2020/01/26/82821197_2866358426760108_8270327194828406784_n.jpg"><img alt="82821197_2866358426760108_8270327194828406784_n.jpg" src="https://nomano.shiwaza.com/tnoma/blog/archives/assets_c/2020/01/82821197_2866358426760108_8270327194828406784_n-thumb-autox853-501.jpg" width="640" height="853" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a>

この際なので、ちょっと振り返ってみます。

英語教育については色々な考え方がありますが、うちでは基本的に母国語をしっかり身に着けたうえで行う、という方針でした。そのためいわゆる早期英語教育は一切行わず。それどころかいわゆる「英才教育」でありがちな幼稚園に上がる前に文字を教えることもせず、本当に文盲の状態で小学校に入学しています。

これは当時シュタイナー教育でヒアリングを重視していたことから由来していて、絵本の読み聞かせなどで目で情報を追わせないといった配慮から来ているものと思われます。

もともとどちらかというと喋りたがりなタイプでしたが、そのおかげかよく喋る喋る。一方で文字はというと小学校の教育でおそわり、漢検をゲーム感覚でやったりするなどで普通に使えます。早期英才教育の弊害も昨今言われますけど、まあそれとは無縁でした。

さて日本語はそんな感じでいいとして、問題は外国語です。私自身が英語で苦労した体験から、早いうちに外国体験はした方がいい、留学はした方がいいだろうと考えてそのきっかけを探していたところ、ちょうどマレーシアに在住していた知人がいたのでそこへ家族で旅行することになりました。これが彼の初の海外旅行です。

<a data-flickr-embed="true" href="https://www.flickr.com/photos/tnoma/15139422565" title="IMG_2906"><img src="https://live.staticflickr.com/3922/15139422565_3a5d4b7296_z.jpg" width="480" height="640" alt="IMG_2906"></a><script async src="//embedr.flickr.com/assets/client-code.js" charset="utf-8"></script>

<a href="https://nomano.shiwaza.com/tnoma/blog/archives/008929.html">そろそろ子供を連れて海外にいってみよう - のまのしわざ</a>

あれ、たった５年前だった。

その後は同じくマレーシアにF1観戦に。

英会話スクールには当時からボチボチ通っていたのでそんなに違和感はなかった模様。そして中学生になったときにそろそろ留学を考え始めました。もちろん親である私が。

とはいえ中学レベルの英語ではコミュニケーションもまだまだ取れないし、本格的な海外留学は費用も大変。まわりの帰国子女や外国人、インターナショナルスクールに通う子の親御さんにヒアリングをして、とりあえず夏休みにインターナショナルスクールで開催されるサマーキャンプに突っ込むことにしました。

今考えると無茶苦茶な話です。

というのも私自身いったこともみたこともない国、インターナショナルスクールをウェブページだけで選ぶんですからね。

結局仕事に関係しそうなシンガポールのカナディアン・インターナショナルスクールに決定し、１週間、午後の4時間を色々なスポーツを楽しむプログラムを選択しました。

というのも彼自身は体を動かすのは好きだし、どうせ英語の授業とか嫌がるだろうし、１週間程度では効果はないだろうし、それならやっぱりボディランゲージを主体としたスポーツで英語に触れあった方がいいだろうという考えからです。

これは私があまり英語が喋れないときに行ったスノボの体験からきてます。

留学して数カ月のとき、スノボを生まれて初めてやろうとスクールに入ったんですが、その時の英語が非常に分かりやすかったんです。もちろん難しいことを言わないというのはもちろんですが、言葉と体がシンクロして覚えることができるんですね。この時英語は勉学ではなく、むしろスポーツに近いんだと確信しました。

<a href="https://nomano.shiwaza.com/tnoma/blog/archives/009176.html">サマーキャンプへの投入 - のまのしわざ</a>

最初は怖気づいていかないといってたものの、一度いったら他の日本人の子が自分より喋れなかったとか、韓国人の子がアニメマンガネタで絡んできたりとか、言葉が通じないことでのビハインドはあまり感じなかったようです。最後にはホテルから一人で電車とバス乗りついで通ってました。

次はどこ行きたいと聞くと「もうアジアは飽きた、アメリカがいい」とのこと。

ではといって連れて行ったのがもっとも近いアメリカ、グアムです。

<a data-flickr-embed="true" href="https://www.flickr.com/photos/tnoma/24487799857" title="IMG_0645"><img src="https://live.staticflickr.com/4732/24487799857_823eeb212e_z.jpg" width="640" height="480" alt="IMG_0645"></a><script async src="//embedr.flickr.com/assets/client-code.js" charset="utf-8"></script>

<a href="https://nomano.shiwaza.com/tnoma/blog/archives/009208.html">グアム親子旅行 - のまのしわざ</a>

彼はサイクリングが好きなので、レンタサイクルを借りて１日中グアムを漕いで回ったのがいい思い出。

そうこうしているうちに中三になり受験です。

大切なことを言い忘れていました。うちの家では「勉強しなさい」といったことがありません。理由は簡単でいったところで、

うるせえ

と思われるだけで勉強するはずもなく、むしろ反抗するために勉強をあえてしない、となりそうです。

なのでむしろ「嫌いなら勉強しなくていいよ、高校もいかなくていいよ。その代わり働いてね」と言い続けていました。すると、

「今時高校くらいいかないとダメでしょ」

というわけです。まあ高校にいくなら自分の成績でいける、私立の高校でいいでしょ、その分の授業料は払うよと言ってたわけですが、これも反抗したのでしょうか。

「努力もせず行けるところには行きたくない」

え？　勉強してないのに、大丈夫か？

１１月まで志望校が定まらず、ついに決めた志望高校は偏差値でいえば２０くらい上の雲の上の存在。

手遅れじゃない？

しかし本人はそこしか行きたくないというわけですが、先立つ偏差値が足りません。慌ててドーピング、塾投入。でもねえ、普通その高校、中学入ってから３年間かけて準備するほどのところで、最低でも１年は準備しないと間に合わないでしょう。

そんなこんなで１月になり、２月になり。

滑り止めの私立高校に落ち、

「もう落ちるの、イヤなんだよ」

と泣き言をいって志望校をかえてもいいかとLINEで聞いてきた息子。

親としてはどちらでも良いんだけど、ここで親がいうと一生恨まれることは確実。なので本人が<strong>考え決断することが大切</strong>ということであえての「<strong>既読スルー</strong>」。

するとその数時間後、志望校はかえずそのまま受験すると。よく決断した。

一方この時点で親としては落ちる準備を整えていくわけです、いやマジで。

３月の春休み、落ちて傷心になっているはずなので、旅行もかねて海外短期留学チャンス。場所も「ハワイ」とリゾート気分で楽しいアクティビティと留学体験で気持ちも新たに私立高校で頑張ってもらおうと思ってました。

そしたら受かっちゃった。

え？

どれほど落ちる準備してたかというと、どうせ落ちるだろうからと一人で合格発表を見に行ってたくらい。ところが受かってたもんだからあわてて親が入学申し込みに後から駆けつけたほど。

さて、すでに申し込んでいたハワイの短期留学。料金が高くて、というか相場なのですけどとにかく親としてはすごくお財布が痛い。めっちゃ痛い。その痛い財布の中でそれなりの収穫があればと思ったら、どうも様子がおかしい。話をきくとその留学、周りの子は全然英語できないし、通訳が帯同して

「日本語でオケ」

という雰囲気だったそうだ。海外に来た意味がないとご立腹。こっちとしては高いお金払ったのにそれかよとガックリ。しかしIB体験ができたりと、彼自身の経験値向上には役立ったのだろう。

春休みの前半、高校の入学説明会に出席したところ、驚いたのが入学前の春休みなのに宿題がでること。しかも大量。英文のレベルは入試以上。確かに外国人、帰国子女も含めて同じ宿題をやるというのでそれくらいの分量とレベルなのはわからんでもないが、私もわからん、よめん、時間がかかる。

その入学説明会であったのが高校時代に受けられる留学プログラムの案内。10以上も紹介され、その中で費用的、期間的に魅力的だったのが今回行った留学プログラムだったというわけです。

なにせ東京都主催だから費用が安い。しかもその高校からは毎年数十人が参加しており、非常に一般的。その時も留学に行ってる生徒がたくさんいて、スライド（留年）しているので特別に感じません。

なので早速「これ（この留学プログラム）なんてどう？」と聞いたら、意外にも素直に

「いいよ、どこにでも行く」

との答え。そして自らの意思で応募、選考をくぐりぬけ合格。半年の研修を経てようやく出発したという流れでした。

研修が多く、課題もたくさんでて、しかも理不尽かつやり方に疑問、赴任先は自分では選べないなどすべてが順風満帆ではありませんでしたが、行ったからには最大限頑張ってもらいたいものです。

とりあえず先輩方の話をきいて、英語脳になるためにiPhoneとWindowsといったOSの言語選択は英語に変更。

そして家庭内LINEも出発と同時に公用語が英語になりました。マジか。日本人なのに英語話すって、楽天みたい。

スイッチが入ると集中、ストイックに努力するようです。高校に入ってから成績を気にして試験勉強とかちゃんとするし、親としても見習おうと私も頑張ってます。しかし徹夜、不眠不休は老体にはつらい。

それはともかく、規定により１１カ月会うことが許されていないので、帰国したときの成長が楽しみですね。

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         <pubDate>Sun, 26 Jan 2020 18:49:17 +0900</pubDate>
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         <title>サンノゼとサンフランのほろ苦い思い出 #prfm</title>
         <description><![CDATA[

Perfume WORLD TOUR4 でサンノゼに行ってきました。

以下Facebookの投稿を再編集して再掲載。

<h3>イントロダクション</h3>

今回なぜサンノゼ公演にしたのか。実はアメリカ初体験はここ、サンノゼだったから。当時VAIOを展開するソニーはまずアメリカ市場からスタート。SELがこのサンノゼのザンカーストリートにあった。

SIGGRAPHにパラッパラッパーのロドニーにデザインをお願いしたオリジナルVRMLを出展するためサンノゼに降り立ち、SELでVAIOを調達、ネットワークカードとHUBをフライズで買って現地でセットアップ。

SIGGRAPHはLAだった気がするが、移動はどっちかがクルマで自走。この時だったかもう忘れたけどサンディエゴも行った気がする。

昼間は運転、夜はコンテンツ制作と働いてたらジェットラグで気分が悪くなりダウン。一日寝てた。

しかも当時英語は全然わからなくて、ホテルのチェックインすらままならないし、説明員も無理難題。

体力的にも知能的にもハードだったなあ、ということを久々に思い出した。


<h3>1997年</h3>

かくして己の英語の出来なさに打ちのめされる。
英語が苦手で、むしろ嫌いな自分だが、いかんせん上達しないことには未来がない。かといって国内で勉強するかといって、業務が激しく英会話学校に行くこともままならないし、そもそも行きたくないもんだから何かに理由をつけていかない。

一方、英語の流暢な上司たち。どういうことだと聞いてみるとかなりの割合で留学してることを発見。ソニーは社内留学制度があり社内選考に受かれば一年間海外留学が出来る。この制度、大企業は比較的多く、例えばMBAなどでよく使われる。

英語が出来なけりゃ留学にも行けないのでまさにニワトリタマゴなのだが、しのごも言ってられない。

って事で半泣きになりながら英会話スクールに通い、社内選考試験を受ける。語学力は21名中16位と案の定芳しくない。実際に行けるのは10名以下だ。

そこで上司の推薦を取り付け、面接で張り切って何とか受かる事が出来た...

って書いてて思った。これ、なんか息子の受験に似てるような気がしてきた。親子一緒だったか！

それはともかく、無事留学に行ける事になったが、留学先は自分で見つけて来なければならない。研究者やMBAなら定番のMITやスタンフォード、ハーバードでよく、しかも向こうも手馴れたもので企業向け窓口があり、費用も決まってるから簡単。

ところが自分の場合インターネットサービスとかVRだったものだから丁度良い大学、学科が見つからない。

苦心した結果、ITP/NYUを見つけ、メールして打診するも返信がない。他カナダ大も送ったが、こちらは指導教授がサバティカルでいないからと断られた。この時始めてそんな制度があることを知った。

時間だけは過ぎていき、留学一年前には行き先を決めなきゃいけないのになかなか決まらない。ようやく返信が来て受け入れてくれることになったがこれからがまた大変だった。

なんとITPはこれまで企業からの留学生を受け入れたことがなく、つまり前例がないので学内すったもんだだったらしい。

<h3>1999年</h3>

次にすったもんだしたのが留学費用だ。

それまで本社の研修費用で賄っていた留学費用だが、制度が変わり事業部持ちとなったのだ。事業部はコストセンターなので、直接アウトプットのない人間に給与だけでなく留学費用を出すというのは嫌なものだというのは、今であればよく理解出来る。

NYUはMITやスタンフォードと同レベルの年500万円をオファーしてきたが、それをディスカウントする交渉をしろと上司。勿論担当は私自身。

結果半額の250万円にすることに成功。ところがこれを上司に報告したら、現金は出したくないからソニー製品の現物支給にならないかと言い出した。

え、そんなんありなの？

なにせVAIOの部署である、PCならいくらでも出せるし市場価格が25万円でも原価は知れている。ここでコスト圧縮しようという腹だ。

仕方なくオファーしたものの、とうぜん相手はいい顔をしない。そもそもPCはインテルから無料で提供されてるから要らん、との事だった。

結局交渉の末、相手の欲しいという40万円位のDVハンディカムと、130万円位の大型液晶プロジェクター、そして現金100万円で手打ちとなった。

ハンディカムとプロジェクターは留学時ハンドキャリーで持込。ただハンディカムは日本仕様のものでメニュー関連全部日本語。相当使いにくそうだったけど私に聞いても英会話がままならないので、テプラみたいにシールを貼って対応してた。

とにかく英語のできない自分はなんとかニューヨークに降り立つことになった。

<h3>2000年</h3>

場所は人種のるつぼと呼ばれるニューヨーク。留学してまず入ったのは語学スクール、といっても大学のESLである。週二回、三ヶ月で12万円位だったと思うが留学特典で無料だった。

いってみると当たり前だが、外人しかいない、これが日本国内の英会話スクールとの違いだ。

メキシコ、フランス、ナイジェ、ロシア、台湾など。

とにかく奴らはよく喋る。しかしその英語は誰もが無茶苦茶。なにせ三単現、冠詞はないし、過去形、過去分詞は全く使わない。小テストでは必ず私がトップで、先生からはミスターグラマーと呼ばれた程だ。しかし喋れない。

そして街中に出ても同じである。タクシーの運転手、店主、全員が適当なオレオレイングリッシュである。タクシーで行き先のエリザベスストリートが通じず、10分間ずっと発音を変えてトライした結果、

おー！イザベーラ！

って理解してもらった。

そんなこんなで分かったのは、英語はテキトーでも喋っていいということ。どうしても正確に、文法として正しくなければならないという強迫観念が植え付けられたのがネックだったが、周りのオレイングリッシュで気持ちが救われた。

そして滞在半年で英語の夢で英語で受け答えした頃から少し話せるようになった。

別のクラスでは日本人が7割もいてみんなまた上手なのよ。クラスみんなで飲みに行くのだけど、一人でも外人が居ればとうぜん英会話。そうすると日本人同士でも英語で話すのが普通になって、酒も入って声も大きくなる。みんな日本語訛りだから聞き取りやすいし、言語レベルも同程度だからわかりやすい。下手に分からないネイティブの英語よりも勉強になったなあ。

そうして過ごした留学、そこそこ英語ができるようになり帰国前に旅行に行ったのがロス、SIGGRAPH再び。

あの時出来なかったレンタカーやホテルでの受け答えができるようになっただけでも、自分的に成長を感じた。

え、ほろ苦くないって？

苦いのはこれから。

<h3>2002年～2003年</h3>

NY留学も終わり、さあ帰国と思ったら911勃発。空港閉鎖になり帰りが１０日間ほど伸びたのは余談、911の時本当にマンハッタンで何が起きてたかはまた別の機会に。

さて帰国後、というか帰国間際に社内というか部署で騒動がありそれに巻き込まれた形で異動。ネットワークサービス部門へと移る。そういえばその前後、別件で私が問題を起こし「懲戒委員会」にかけられて始末書かかされたっけ。

それはともかく写真共有サービスのスタートアップを（高いお金で）買収したものの、サービスの出来はイマイチ、コストは高い、そしてソニーらしさを追加するために「シナジー」とか、ソニーワールドとか、なんとか連携とか、とにかく繋ぎたがった。このプロジェクトのリーダーを務めることとなったのだ。

ところがこれが苦難の始まり。

ステークホルダーは多く、調整不可能。部署間がいがみ合い、罵倒しあうミーティングに遭遇し、っていうかもう制御不能。マネージャーはメンタルやられて病院送り。

そんなさなかにサービスとサーバーを巻き取るために乗り込んだのがサンフランだったのですよ。

たった２日の出張なのに英語でずっとミーティングでハードネゴシエーション、っていっても相手は全然ひかないし、聞く気もない。自分の英語力不足を当時は呪ったけど、今考えてみればあれ、日本語でも調整不可能だった。

結局このサービス、ゼロから作り直し、サーバーは日本に移転して設置。

私もマネージャー同様疲弊して戦線離脱、病院送りにならなかっただけマシ、という状況だった。

<h3>2004年</h3>

疲弊して戦線離脱したあと、最終的には部署コストカットのため他の部署に異動。その後出向することになる。

出向先は某ゲームプラットフォーム子会社で、こちらは目下炎上中だったHDレコーダーのファームウェアサーバーの開発。アメリカの部署が開発していたが、コストが高いのとプログラム開発の遅延から日本側が巻き取ろうとしていた。

嫌な予感はしたが、その予感は的中。

テレカンではのらりくらり、蕎麦屋の出前のような開発遅延に業を煮やして現地に乗り込むが、針の筵。相手も協力するポーズをみせつつも、当然いい顔はしない。ここでも英語でのハードネゴシエーションっていうか、ほとんど喧嘩腰、相手が。

ここでもサーバーを日本側にもってきて、プログラムはゼロから新規開発。どっかで聞いたような...

その場所がフォスターシティで、ご飯食べによくサンマテオのタイ料理屋に通っていた。

ちょうどブログが流行ってきており、ちょうど人を募集していたのでブログの会社に転職することに決める。

ところがこれもまた苦難の道のりのはじまりであった。

<h3>2005年</h3>

サンフランベースのブログソフトウェア開発会社に転職し、担当したのはローカライゼーションとオペレーション。

これまでと違うのは本社がUSで、日本は子会社（ブランチ）ということ。また大企業相手にソフト・サービスを納入する業者でもある。つまり大企業から一気に下請けに転換したのだ、まあそれはいいとして。

よくないのは外資系あるあるだが、とにかく本社が絶対で、ガバナンスをきかせようとすること。

日本の大企業からは使いにくいからここをこうせい、ああせいと言われ、本社にいったらうるせえ、って言われて板挟み。見事な中間管理職を演じることとなる。

あるとき５週間の長期出張で、開発体制をマージしようとしていたが、その時色々と日本の意見を社長とマネージャーに具申したら、社長にこう言われた。

Do you know what my title is?

あー、英語できてよかったー、よく聞き取れるわー・・・って、ちょ、これ、次のセリフは映画でよくみる、アレだよね、アレ。

You're fired!!

幸いなことにそこまで言われなかったけど、まあそういうことである。

（ちなみにその時言われたのは、 you don't reflect my idea）

日本側にはヘタレと思われるし、もう散々。

そう、散々な思い出が詰まっているのがこのサンフランなのである。

っていうか、振り返るとまったくいい思い出ないじゃん！

なんかサンフランにくるとダウナーになるなあと思ったら、理由は明快。でもカルトレインにのってサンフランにつくまで忘れていたよ。

忘却は人間に備わった才能。AIにも実装すべき。

（終）]]></description>
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         <category>trip</category>
         <pubDate>Thu, 25 Apr 2019 12:14:51 +0900</pubDate>
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         <title>スタートアップと極地探検の共通点</title>
         <description><![CDATA[
少し前の話であるが、ノルウェーのオスロにあるフラム号博物館を訪れた。

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この三角屋根はそのまま船を保管している保管庫の形状であり、港の側でも同形状の建屋が散見される。高い三角屋根はもちろん高いメインマストのためである。

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<h3>フラム号</h3>

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フラム号はナンセンが北極海調査を行うために作った特殊船である。それまでの船が氷に閉ざされ、移動できずにそのまま氷に潰されて難破することを目の当たりにし、丸い船底で力を逃がして結氷した氷の上に乗り上げ、そのまま潮流にのって漂流しようという野心的な設計となっている。

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エンジンを搭載するが、さらに風車による発電設備を甲板上に設置、さまざまな海洋調査のためのセンサーや機材を駆動することができる。

<h3 class="title-l-red">アムンセン</h3>

ナンセンがフラム号で極地探検を行った当時、アムンセンは極地探検に魅せられた若者であった。フラム号へ応募したがその夢は叶わなかったものの、その後もずっと極地探検を夢見て技術や知識を蓄えていった。

ここで改めて言葉の定義をしたいがここでいう「探検」とは広義である。ジャングル探検、というのは闇雲にジャングルを彷徨うようなイメージがあるが、実際には目的をもっており、北極海探検は北西航路を開くための調査、研究というのが実態である。海図すらない、また冬になると氷に閉ざされる北極海の中でどうやったらヨーロッパとアメリカをつなぐ最短経路を開けるのか。これが当時の最大の関心事であった。

アムンセンはこれに挑むがそれには資金と装備、そして乗組員が必要である。研究、調査、操船するだけではなく、長い航海をする中で必要な日常生活を営むためのインフラ整備。途中補給も叶わないため、綿密な計画と臨機応変な対応を必要とされる。

<h3 class="title-l-red">北西航路横断での知見</h3>

アムンセンは3回の越冬を経験し、その知見をまとめている。

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特に大きいのは現地、イヌイット族との交流である。

イヌイット族から越冬に最適な装備を知り、その後の装備やチーム構成に反映されている。

<h3 class="title-l-red">最新テクノロジーの導入</h3>

<a data-flickr-embed="true"  href="https://www.flickr.com/photos/tnoma/44731117382/in/album-72157698288943492/" title="IMG_8515"><img src="https://farm2.staticflickr.com/1857/44731117382_a09622044a_z.jpg" width="480" height="640" alt="IMG_8515"></a><script async src="//embedr.flickr.com/assets/client-code.js" charset="utf-8"></script>

極地探検において最も大きなイノベーションは「犬ぞり」である。

イヌイット族は犬ぞりを使っていたがそれはオートバイのような一人乗りの乗り物であった。アストラップの開発した「犬ぞり」は多頭立てで荷物も運べ、人間も乗れる点でイノベーションとなる。

<h3 class="title-l-red">イギリス・スコット隊 vs ノルウェー・アムンセン隊</h3>

債権者からの取り立てを逃れるようにしてヨーア号を北西航路探検に向けたアムンセン隊は、その成功を元に調査・研究やその後の多くの有料講演により返済を行うことができただけではなく、国民的英雄となった。

そのアムンセンの次のターゲットは極地到達である。ところがすでに各国の到達レースとなっており、北極点を目指していたアムンセンはアメリカ隊に先を越されてしまったことから目標を南極点へ変更。英国のスコット隊と同年同時期にアプローチをすることとなり「レース」「一気討ち」の様相を呈して国をあげての期待を背負うことになる。

アムンセンが現場本場主義で、チームもエキスパート（経験者）や技術者（職人）を中心に構成するのに対し、スコット自身が海軍軍人ということからも分かるようにエリート軍人を中心に組織したものと対照的である。

また装備もアムンセンが犬ぞりを中心として犬を数多くそろえたのに対し、スコットは当時最先端となる雪上車2台や馬を輸送用に使うという構成であった。

またアプローチ方法も異なり、アムンセンは全員が北極点を目指すのに対し、スコット隊は隊員を途中で戻す方法を取り、最終的には数名が北極点に到達する方法をとった。

<h3 class="title-l-red">未知の領域にベスト・プラクティスは通用しない</h3>

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スコットもすでに南極を体験しており、それなりの知見をもっていたはずである。

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彼の基本はデポと呼ばれる装備基地、ベースを配置し、そこから次のデポまで移動して、一部の隊員はベースまで戻すという戦略だった。そのために雪上車と馬（ポニー）をもってきたが、どちらも機能せず。最終的には隊員が重い荷物を運ぶことになる。

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このインスタレーションは日報をもとにした位置と、隊員数、犬の数、馬の数を表示したもの。

アムンセン隊はそもそも隊員全員（4名）が南極点を目指すために隊員数は書かれておらず、犬の数41、そりの数4つとなっている。
一方スコット隊はこの時点（1911/11/18）で隊員数16名、犬23、馬10となっており、特に不足している様子はない。

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しかし、アムンセン隊が南極点に到達した1911/12/15、スコット隊は犬と馬を完全に失い、隊員数12名のみで南極点を目指している。
スコット隊の犬は食糧不足のため、途中で送り返されたのだ。

アムンセンは手紙を残し、犬17匹とそり3つで無事にベースキャンプまで戻ることができた。

悲劇はスコット隊を襲う。1位になれなかったどころか、ベースキャンプに戻ることもできなかったのである。

この差は一体どこにあったのだろうか？

スコット隊の戦略は計画当初は間違っていなかった。しかし、フレキシビリティがなかったのである。

１）最新テクノロジー、雪上車の機能不全
２）馬と犬の喪失

この２点により、物資の運搬手段を失ってしまった。それにも関わらず、国の威信をかけ、軍人であるがために命を懸けて南極点を目指してしまったのである。結果は当初ベースへ戻った隊員を除き全滅。

アムンセンがスコットよりも優れていたのは、シンプルに犬とそりを多数を備えていたことである。
犬は共食い可能な犬種を使い、数多く備えることで犬の喪失があっても良いようバックアップしていた。シンプルが故に対応も簡単なのである。

<h3>アムンセンとノルウェー</h3>

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南極点到達に成功したアムンセンはその後最新テクノロジーである航空機、飛行船や飛行艇での極地到達にチャレンジしていたが、
その後遭難者捜索のために出した飛行艇が遭難して行方不明、帰らぬ人となる。ノルウェー独立後まもないこともあり、いまも国の英雄として称えられている。

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ノルウェー自身極地にもっとも近い国であり、北極と南極両方に領土をもつ唯一の国となっているのはこのアムンセンの活躍があるからだ。また北海油田開発もその功績の影響もある。

ノルウェーの産業は漁業とこのエネルギー産業であるが、産出した油はほぼすべて輸出にあてられており、自国のエネルギーは主に水力発電で賄われている。この外貨獲得と高い税率により国家の収支は潤っており、福祉や社会保障が充実しているという。しかしその油もいつまで高く売れるかどうかわからないということで、教育やITへの投資が盛んとなっているのが将来を見据えている。その背景にはノルウェー自身の独立は20世紀になってからであり、常に国家存亡の危機にさらされている危機感から来ていると思われる。

<h3>スタートアップと極地探検の共通性</h3>

もともと船、海事関係の博物館を全部見て回ろうというだけで訪れたフラム号博物館であったが、その内実はスタートアップ企業の運営にとても示唆があったように思う。
特に

・現場本場主義
・インテリよりも技術者、職人。ものを作れる、直せる人。少数精鋭
・資金調達と返済方法

という点ではまさしく共通する。特に(3)の資金調達についてはほとんど借金か債務であり、返す当てがあるのかないのか分からないギリギリのところで探検を成功させ、その知見を情報としてビジネスすることで返済しているが、失敗すれば探検中の死か、たとえ無事帰ったとしても借金返済がまっているという生き地獄か。普通の神経をしていたらとても挑戦することはできないであろう。

それでもアムンセンにしてもスコットにしても、まだ誰も到達しない、知らないところへ行く、そこには誰も経験者も先人もいない、知識や経験が体系化されていないという未知の世界に魅了されたのだ。

スタートアップの醍醐味は同じところにある。だれもやったことのない、新しい世界を作る。それをinnovationと呼び、make the world betterとなるのだ。

だからこれまでの方法論や教科書で教えてくれたことなんて役にたたない、計画したってすぐに変更しなきゃいけないし、新技術と共倒れになることもあるし、最後は自分ですべてやらなきゃいけない。それがスタートアップであり探検隊の本懐なのだと思う。

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         <category>trip</category>
         <pubDate>Sat, 26 Jan 2019 21:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【徳島ツーリング #6】栗林公園・高松城からの帰宅</title>
         <description><![CDATA[<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/_XnVGTHwBjk" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe>

本当は高松から徳島に移動し、フェリーで帰宅したかったのですが、午前に所用（仕事）があり叶いませんでした。

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その代わりに子供のころによく行ったという栗林公園、そして高松城跡を散策してから700kmオーバーの道のりを一気に帰宅。
寒かったけど、防寒装備MAXにして乗り切れました。でももうやりません、4:30pmから帰宅開始、家についたのは2amでしたので。
それに次の日は完全に寝込んで１日つぶれてしまいました。こんなことなら泊って、次の日フェリーに乗った方がよかったですねw

栗林公園、歩いていたら突然「<strong>あ、ここ知っている</strong>」とかすかな記憶が蘇ってきました。

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水辺で、お団子が売っていて、多分お団子をねだりつつ、池の鯉に興味津々だったと思います。鯉がいたのかは覚えてませんけどね。

三つ子の魂百まで。

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         <category>trip</category>
         <pubDate>Wed, 21 Nov 2018 21:10:00 +0900</pubDate>
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         <title>【徳島ツーリング #5】オリーブづくしの小豆島　醤油工場と寒霞渓</title>
         <description><![CDATA[小豆島は気候もよく、ツーリングするのにも最適。

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歴史も感じられるし、ゆっくりしたかったですね。

ただ一つ残念だったのは、20～30年前に訪れていればよかったなあと。
この20～30年間でモータリゼーションが進みすぎ、街は衰退し、船も廃れてしまいました。これはここに限らず、日本の郊外全般にいえることです。

特に高速道路、大橋の普及により人の流れが変わったこと、そしてマイカーの普及がとどめをさしてしまいました。
歩ける街並みを自動車が素通りすることで昔ながらの街道筋はその活気を失ってしまい、今は道の狭さがその名残として風景をとどめています。

一旦拡幅された道や、新しくバイパス様に作られた新道脇には大きな駐車場と大型店舗、チェーン店が立ち並び、全国どこにいっても同じような風景がひろがりまったく郷愁やローカリティを感じません。そこが実に残念でした。

このあとまた30年でどう風景は変化していくのでしょうか。少し寂しい気持ちにもありましたね。

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         <category>motovlog</category>
         <pubDate>Tue, 20 Nov 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【徳島ツーリング #4】小豆島へ上陸</title>
         <description><![CDATA[<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/4WoGVc4V9Yc" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe>

高松は生まれ故郷、といっても乳児～幼児のころなので記憶はほとんどなく。
それでもなんとなく郷愁・親近感を感じます。

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         <category>motorcycle</category>
         <pubDate>Mon, 19 Nov 2018 11:07:55 +0900</pubDate>
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         <title>【徳島ツーリング #3】鳴門の渦潮初体験！　かなり激しかった</title>
         <description><![CDATA[<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/LazBzJZkBUI" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe>

行ったようで一度も行ったことがなかった鳴門の渦潮。

今回観潮船と呼ばれる遊覧船でみたのですが、かなりのド迫力。大満足でした！

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         <category>motovlog</category>
         <pubDate>Wed, 14 Nov 2018 20:50:12 +0900</pubDate>
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         <title>【徳島ツーリング #2】徳島初上陸！　眉山に上ってみたら眺めは最高でした</title>
         <description><![CDATA[徳島にいった理由はPerfumeのライブ観戦でした。しかも席はセンタースタンド側！　これまでで一番近かったかも。

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         <category>Perfume</category>
         <pubDate>Tue, 13 Nov 2018 20:48:21 +0900</pubDate>
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         <title>【徳島ツーリング #1】東九フェリーで徳島へ行く【乗船・下船編】</title>
         <description><![CDATA[モトブログをちょこちょこ公開しているのですがいかんせん全然ビューが伸びませんw　まあビューを求めてないというのもありますが。

なので今後こちらでも紹介していきたいと思います。

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         <category>motovlog</category>
         <pubDate>Mon, 12 Nov 2018 20:39:06 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>モトブログはじめました</title>
         <description><![CDATA[最近、というかここ数年流行っているという、バイクに乗りながら喋る動画、「モトブログ」を始めました。

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motorcycle + video + log = motovlog ということらしいです。

世の中的には数万ビューを稼ぐ人気モトブロガーがたいくさんいますが、いつものようにマイペースでやっていきたいと思います。
そちらもぜひどうぞ。

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         <category>motovlog</category>
         <pubDate>Mon, 12 Nov 2018 00:52:35 +0900</pubDate>
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