深遠なるエンジンマウントの技術世界! 重心支持式、慣性主軸式、ペンデュラム方式とトルクロッド

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アルファロメオ147TIのエンジンルームをみていて気付いたことが。エンジンの横から伸びてサスペンションのストラットタワーにつながっているこの棒は一体なんでしょう?

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トルクロッド」と呼ばれるもので、エンジンマウントの一種です。

エンジンマウントとはその名のとおり、エンジン(とミッション)を車体に懸架(マウント)するためのもの。エンジン・ミッションは自らが騒音源・振動源(ノイズ・バイブレーション)となりつつ、さらにでっかくて重いために走行中は外からの入力(ハーシュネス)によって揺さぶられるという厄介なシロモノ。エンジンマウント技術はこの厄介な騒音・振動・ハーシュネス(NVH)をいかに抑えるかという命題に立ち向かっています。

自動車用エンジンマウントの技術紹介 (pdf) 以下図を引用

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このタイプは重心支持方式、「フロント、リア、レフトマウントの3点でエンジンを支持、トルクロッドで加速・減速時のエンジン変異を規制する」ものです。

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横置きのエンジンマウント方式(エンジン懸架方式)はいくつかあり、

1) 重心支持方式

2) 慣性主軸方式

3) ペンデュラム(振り子)方式

が代表的です。

【1) 重心支持方式】

アルファロメオ147はこの2.0Lの4気筒エンジンの他、3.2L V6エンジンも搭載するため、重くて大きなエンジンを搭載するためにトルクロッドを使った重心支持方式になっています。

このトルクロッドは他のメーカー、車種でも多く使われています。

日産「ティアナ」、トルクロッドを追加してエンジンの振動を抑える - クルマ - Tech-On!

日産自動車の新型「ティアナ」は、エンジンを支える部品としてトルクロッドを2個追加して、乗り心地を高めた。先代は液封マウント3個で、エンジンを支える役割と加速時にエンジンが前後方向に回転することを抑える役割の両方を担っていた。新型ティアナは、「VQ」エンジン搭載車にトルクロッドを追加したことで、エンジンを支えるのは3個の液封マウント、エンジンの前後方向の回転を抑えるのはトルクロッドと役割を分けた。

エンジンが横置きの場合、アクセルのON/OFFでエンジン自身が前後に振られる動きが出ますが、この前後方向の動きをトルクロッドで規制しようという発想です。

このトルクロッド、意外とブッシュは柔らかいようでここを硬くした、いわゆる「強化トルクロッド」も市販されています。狙いはエンジンの動きを抑えることにより、シフトフィールの向上、シフトミスの抑制など。一方でデメリットとしてエンジン振動・騒音が大きくなります。

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不快な振動を低減する
エンジン重心マウントレイアウト。

フローティング支持されたサブフレームにダイレクトに搭載する、エンジン重心マウント方式を採用。重心を囲む3点マウントで支えた二重防振構造とし、高剛性アルミブラケットとともに特に高回転域のエンジン振動を低減しています。さらに、トランスアッパーマウントの追加などにより、リニアなハンドリングを実現。また、サブフレームを大断面化して剛性を高めることで、エンジンマウントやサスペンションの取り付け剛性も向上。振動伝達の低減を図っています。

アコードではトルクロッドの代わりにトランスアッパーマウントを追加して、同じ役割を果たしています。

【2) 慣性主軸方式】

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慣性主軸方式は同様に4つのエンジンマウントで制振しますが、特徴としては左右マウントの軸がトルクロール軸(エンジンの回転中心、ミッションの回転中心を結ぶ慣性主軸)と一致するように配置され、前後のマウントでエンジンのロール(前後方向の動き)を止める働きとなっています。

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●慣性主軸式エンジンマウント

慣性主軸式エンジンマウント アイドリング振動の車体への伝達レベルを減少させるために、エンジンの慣性主軸上の左右にメインマウントを配置。また、発進時や制動時の振動の低減のためには、エンジンのトルク変動をスムーズに制御するラバーマウントを、エンジンの前後にワインドストッパーとして最適にセッティング。優れた剛性と静粛性をもつエンジン本体と相まって、N.V.(ノイズ、バイブレーション)など不快な現象の低減を高レベルで達成しました。

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エンジンマウントには、エンジン揺動を前後方向で受けるトルクロッド慣性主軸マウントを採用。エンジン側とボディ側の両方にゴムブッシュを持ち、2重防振効果が得られるトルクロッドをエンジンの上下に配置。音になりやすい上下方向の振動を大幅に低減したほか、揺動によるエンジン重心移動を抑制することでリニアなハンドリングにも貢献しています。

コンチェルトは一般的な4点支持のエンジンマウント、ストリームでは前後方向は2つともトルクロッドで受け止めています。

【3) ペンデュラム(振り子)方式】

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(VW Polo、ペンデュラムサポート=トルクロッド)

最後にヨーロッパ車が多く採用しているペンデュラム方式。

エンジン支持構造

ロール方向慣性主軸の向きが車両の略左右方向となるよう配置されたFF横置きエンジンとその車両左右いずれかに連結されたトランスミッションとよりなるパワープラントを、ロール方向慣性主軸の上方の、エンジン重心を通る鉛直線を挟んで慣性主軸方向に互いに離れた一対の支持点に配置されたエンジンマウントを介して支持するとともに、エンジンのロール方向の動きを、重心より下方に配置されたトルクロッドにより抑制するよう構成されたペンデュラム式のエンジン支持構造

【背景技術】
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上記のようなエンジン支持構造は、ペンデュラム式(ペンデュラム懸架式ともいう)と呼ばれ、この支持方式は、エンジン支持構造の設計において重要課題とされている、アイドル時のエンジンから車体へ振動伝達の抑制と、走行時の乗り心地の改善との両立を比較的行い易いため、最近、よく用いられるようになってきている(例えば、特許文献1参照。)。

ペンデュラム懸架方式は2つのエンジンマウントと1つのトルクロッドで懸架しますが、特長としては左右マウントの軸がエンジン重心軸と一致するように配置され、エンジン下部のトルクロッドでエンジンのロール(前後方向の動き)を止める働きとなっています。


最近は国産車でも採用する例が増えています。

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さらに、FF車にはスズキ初となる「ペンデュラム(振り子)式エンジンマウント」を採用したのもニュース。従来の3点支持式に比べエンジン振動が車体に伝わりづらいメリットがあるという。

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また、エンジンから発生する振動だが、通常4気筒エンジンからの2次振動とはちがい、3気筒であるため、低回転時に偶力による上下方向の振動が発生する(偶力振動)。かつてはダイハツ・シャレードのように、バランサーシャフトを装備するのが一般的だったが、現在では低コスト化のためにバランサーは使われなくなっている。
では、どうすれば偶力振動を消せるのか? 日産のエンジニアは次のようなアイディアで解決した。それは、クランクプーリーとドライブプレートにアンバランスマス(ウエイト)を設け、上下振動を左右の振動に変換し、その変換された左右振動は、ペンデュラム(振り子)型エンジンマウントで吸収するという方法をとったのだ。

このペンデュラム方式の課題は振動と乗り心地です。

しかしながら、アイドル時のエンジンから車体へ振動伝達の抑制と、乗り心地の改善との両立は、まだまだ十分とは言えず、その点における改善が求められていた。
マウントシステム|詳細 - astamuse(アスタミューゼ)

更に、アクセル全開時や、AT車で定速走行中にアクセルを踏み込むことによって自動的に低速ギヤに切り換わる時のキックダウンや、ATレンジの切り換えといった、トルク変化による駆動反力を受けた時の、慣性主軸Oを中心とするパワーユニット101の大きなローリング(揺動)に対しては、RHマウント104及びTMマウント105による振動低減効果は小さく、このような揺動は、トルクロッド106によって低減するようになっている。

しかしながら、上述したキックダウンやATレンジの切り換え等による駆動反力がある程度大きくなると、トルクロッドだけでは、慣性主軸Oを中心とするパワーユニット101の揺動を抑えることが困難になる問題があった。

【独自考察】

そもそもATの普及率が低かったヨーロッパ車ではペンデュアム方式のデメリットはさほど大きくなかったと思われます。

国産車が余り採用しなかった理由は明白で、振動、騒音を無くし乗り心地を良くすることが至上命題だったため。特にAT搭載時のシフトショックの吸収性能をエンジンマウントに求めたところ、不十分との判断だったのでしょう。

ただ最近は液体封入エンジンマウントやアクティブエンジンマウントなどのマウント技術の進化や、CVTやツインクラッチミッションなどミッション技術の進化によりシフトショックがそもそも低減してきています。こういった状況下でエンジンマウントへの性能要求が変わったことが国産車での採用を後押ししているのかも知れません。

ルノーやドイツ車(VW、BMW MINIなど)がこのペンデュラム式を採用している理由は振動・騒音の他にあるのではないでしょうか。それはアクセルレスポンスに対するリニアリティとトラクション。

エンジンはクルマの部品の中でもっとも重く、フロントエンジン、ミッドシップ、リアエンジンと呼ばれるようにその搭載位置によってクルマの特性がまったく変わってきます。そうなるとこのエンジンがアクセルのON/OFFによって動くのは、当然クルマの動きに影響のあること。

騒音や振動、乗り心地を考えるとふわふわのエンジンマウントがいいわけですが、一方で動きすぎるエンジンはタイムラグがあって動いてしまうので、運転しにくいです。特にFFではアクセルレスポンスに対してエンジンが前後方向に動くため、加速がワンテンポずれたりしがち。

エンジンマウントを硬くすると振動や騒音がひどくなるし、固定箇所を増やすと振動・騒音伝達経路が増えてやはり悪化方向です。

エンジンマウント・ペンデュラム
(慣性主軸式とペンデュラム懸架式 ■赤:エンジンマウント)

例えば左方向が進行方向とすると、アクセルを入れてタイヤが前に回ろう(左回転)としたとき、トルク反力でエンジンは逆、右回転に動こうとします。

ペンデュラム懸架(振り子)式の場合、エンジンの上部・重心が軸となっているので、右回転のモーメントによりエンジン下部が前へ動こうとし、下のトルクロッドが引っ張られます。

ブッシュがつぶれきればロッドが「つっかえ棒」として働くのでエンジンの動きは規制され進行方向側、前への力・Fを生み出します。

このトルクロッドのブッシュのチューニングでうまく振動・騒音とアクセルレスポンスやトラクションを調整できます。

トルクロッドは前後で回転方向が90度捻じれてついているのがミソのようで、エンジンの上下動振動やヨー運動は許しつつ、(エンジンの)ロールはがっちり抑える作りです。実際ルノーのトルクロッドは本当に90度捻じって作ってあります。

追記)


昔は鋳造製だったトルクロッドですが、今は剛性のある鋼材をねじって使う方がコスト的にも剛性面でも有利だから、というのが理由らしいです。

【みんカラ】 トルクロッド交換|カングー/ルノー|整備手帳|HIROSHI-8V - 車・自動車SNS(ブログ・パーツ・整備・燃費)

エンジンの揺れすらも走りに積極的に使ってやろうというヨーロッパ車の考え方は、NVH一辺倒の日本とは一線を画しますね。


【エンジンマウントの未来】

さてここまで色々なエンジンマウントの方式がある上、今も技術革新が進んでいます。ネット上で検索してもそのほとんどが特許情報で、どのメーカーも振動・騒音・ハーシュネス(NVH)に苦心惨憺している様子が伺えます。ところがこの苦労を無にしようというオソロシイ技術革新が!

それはEVです。

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電気自動車にしない理由がみつからない! 日産リーフ・高速試乗してきました #nissanleaf ([の] のまのしわざ)

おそらくクルマ音痴の両親をのせたら、

「なんだか随分と静かだな、6気筒エンジンでものっているのか」

といわれること間違いなし。なにより止まっているときにエンジン音がしないし、嫌な振動も一切ナシ! それもそのはず、アイドリングストップじゃなくってエンジン自体がないですからね!

アイドリング振動がないから、エンジンマウントもといモーターマウントはなんと

リジッド!!

つまり金属の剛体でフレーム直結です。EVはアクセルレスポンスがスゴイ、という評判でコンピュータでレスポンスを落としているほどですが、それはモーターの特性だけでなくモーターのマウント方法、つまりゴムブッシュがなくたわまないということからも来ているのです。まさに革新。

とはいえ、しばらくはまだまだエンジンを使うわけなので、技術者たちは苦労しつづけそうです。クルマって総合的に考えないとうまくまとまりませんね。


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