ギズモード・ジャパンでお世話になっている小林弘人さんから「新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に」の献本いただきました。ありがとうございます。
帰りの電車の中で一気読みをして、これはもう昨今考えていることに符合するとビビビと来ました(エンジンとミッションの話じゃないですよ)。
そのビビビときたのは、
「animecの頃・・・」
そして
tumblr(タンブラー)のDashboard(ダッシュボード)
です。
【取次制度】
日本の出版業界を特徴づけているのは、独自の「取次制度」と呼ばれるもの。小林氏は現在の出版業界をバッサリと斬り捨てます。
いわゆる「出版業界」というのは「取次制度依拠業界」なんですよね。まあ呼び方はともかく、わたしがゼロから出版社をつくって、その門をノックしたとき、「なんて新規参入者に優しい公正な業界なんだろう」(皮肉です)と、感動のあまり腰が抜けそうになりました。p.19
つまり雑誌だなんだという出版業界が本来のpublishingの意味を見失い、印刷して書店・コンビにへ配本する「取次制度」に依存した狭義の出版に凝り固まり、ウェブにおける新しいpublishingのあり方に目を向けてないことを指摘しています。
そして「animecの頃・・・」ですが、今一度animec(アニメック)は何かと簡単に説明すると、ご存知アニメ専門誌のさきがけであると同時にアニメ界の人材を多く輩出したことでも知られる雑誌、です。確かに印刷して出版しているものの、最初のその形態は限りなく「同人誌」です。あのコミケ(コミックマーケット)に代表される、いわゆる同人誌即売会で売られる、同人誌。しかも最初はアニメ専門ではなく、特撮やSFなどのジャンルも入り、しかもリアルタイムのアニメ情報誌でもなく、アニメの良作をとりあげて特集を組むという、いかにも同人誌らしいスタイルをとっています。
このアニメックがアニメ専門雑誌としてぶちあたった壁が先の「取次制度」だったのです。
アニメックは1970年代後半、まさに同人サークルっぽいいい加減さと戦後の混乱期のようないきあたりばったりっぷりでなんとか取次制度にもぐりこみ、雑誌としての形態を整えます。逆にアニメックの時代においては、この取次制度によって全国津々浦々の書店にアニメックが並び、全国に散らばる情報に飢えたコアなアニメファンの手元に届くようになります。
アニメックと同時期に勃興した雑誌はOUT(アウト)など、多数あります。OUTやファンロードが特徴的なのは、読者からの投稿を中心に誌面を組み立てたところでしょう。「投稿」、つまりブログでいうところのpost(ポスト)です。
また同時期に流行っていたラジオでも、葉書を投稿するというコーナーが数多くありました。そのジャンルはファンレターから、ネタ作りまで幅広く、投稿の常連は「ハガキ職人」と呼ばれるに至ったのです。
そして時代は現代。
アニメックは人材をアニメファンが集まる喫茶店の常連からピックアップしたり、同人仲間のつてを頼って拉致したりと、その人材確保手法は基本的にコネ、しかもP2Pでの直接コミュニケーションによっていたようです。当時アニメファンは今のように遍くいるわけではなく、自然と一箇所に集まってきたということでした。逆に今のように多くのアニメファンがいる場合、場所は散在し、かえってそのコンタクトはとりにくいかも知れません。
これを現代ではネットが補完しています。mixiや掲示板、skypeなど物理的な所在は違えど、同じ場所に会して趣味を語り合う場所があちこちで発生しています。
そして雑誌、ラジオが現代において凋落しているということは同時に、「ハガキ職人」の地位やプレゼンスも低くなっているのと同じです。しかしながらその本質は過去も現代も変わらないはず。面白いものは面白いのです。ただその発表の場が変わってきています。それはやはりネット上ということになるでしょう。
tumblr(タンブラー)が昨今俄かに注目を浴びているのは、実はここにも理由がありました。
[N] tumblrの見る夢はフリーダムフリーダムなぜ、おじさんたちはtumblrに夢中になるのでしょうか?
若者はプロフやリアルに夢中です。きっと「中年はなんでtumblrとかよくわからないので盛り上がっているのか?コピペだけじゃね?」とか思われているに違いないのですが、これはおじさんたちが若い頃に経験したことのカタチを変えての再生産でして、要するにVOWやラジオのハガキ職人みたいなものなのです。思い出の中にあった古き良き時代の文化が形を変えて甦り続いていく一瞬の幻です。
しかしtumblrにはとんでもない新規性がありました。
ボツがない。
だからおじさんたちは安心して、今日もせっせとリブログに励めるのです。
今のおじさんは昔は若者です、当たり前ですが。その若者が体験したことを、ただネット上で再現しているだけに過ぎません。手段が雑誌なのか、ラジオなのか、ネット上なのか、そういうのはまさに「メディア」が異なるだけで本質はまったく変化していないのです。
「メディア」に関わるひとが「メディア」にこだわるのは至極当然なことだと思います。しかしながらアニメックが廃刊となって久しい現代、再びアニメックを雑誌として復刊してどうなるというのでしょうか。答えは自明です。
出版とはpublishing(公にすること)であり、それはたまたま紙に印刷するという手段が今まで容易だったから使っていただけに過ぎないのではないでしょうか。そして取次制度という完成されたシステムにより、全国津々浦々、たとえアニメックのようなニッチメディアであっても配本させることができたからその存在価値が高かったのです(たとえその参入障壁が異常に高いとしても)。
しかしいまその前提は崩れています。全国津々浦々に等しく情報を届ける役目はネットにシフトしてきているからです。さらにいえば全国というのは日本全国だけではなく、言語の壁を取り除けば、世界全体に対して可能になったのです。
そのようなパラダイム変化の中で取り残される新聞・雑誌に対する福音の書が「新世紀メディア論:新聞・雑誌が死ぬ前に」なのです。
【フローとストック、そしてエコー】
ブログといったネットメディアで大切になってくるのが情報の「フロー」と「ストック」です。
「フロー」とは更新頻度であり、流動性、回転率を意味します。一方ストックとはアーカイブによって貯蔵される情報で、後になっても重要性が存在するものです。これは時間軸を超えてその情報を欲する人が、検索エンジンによって容易にストックに出会えることができるようになりました。
そしてもうひとつ、新しい概念が「エコー(こだま)」だと小林氏は指摘しています。エコーはコピーと呼んでもかまわず、「フロー」をまるまるコピーしてきて羅列するだけ、のものとしています。これはタンブラーのダッシュボードにreblogが羅列するのと酷似していると感じました。
ただ小林氏の指摘と唯一異なるのは、「エコー」は機械的にコピー、羅列を前提にしているのに対し、タンブラーは手動であることと、その羅列はfollowしたユーザーのポストのみであり、それは各ユーザーですべて異なる点でしょうか(なぜなら各ユーザーでfollowするユーザー群は等しくないから)。
単なる機械コピーでは新たな情報価値は生み出すのは困難です。しかしタンブラーのダッシュボードでは
・reblogの経路
・reblog時にコメント追加
・reblogの並びでコンテキストの生成
といったことが複数の人力で行われた結果、新しい価値を生み出しています。この共同作業はもちろんブログなど他のネットツールを使っても可能ですが、そのストレスの少なさ、スピード感でタンブラーの右にでるものは現段階ではない、と断言できるでしょう。
しかしながらただ「面白い」だけではそれは子供のおもちゃにしか過ぎません。大人は生活しなければならないので、どうしても稼ぐ必要があります。つまりビジネスです。
ネットメディアをビジネス展開すること、これは目下の課題です。アメリカでもそうですし、日本でもそれにチャレンジしています。まだ勝算は見えませんし、そもそも勝算があるとはじめっから分かっている勝負なら誰もがするに決まっています。そんな手探りな状態だからこそ、この業界が面白いのかもしれませんね。
アニメックの頃…―編集長(ま)奮闘記
小牧 雅伸
■R25「WEB上の簡単スクラップ帳 「tumblr.」のトリセツ入門篇」のインタビュー記事が掲載されました ([の] のまのしわざ)
Niche Media Lab : ニッチメディアラボ: 『新世紀メディア論 新聞・雑誌が死ぬ前に』発売
装丁はアジールの佐藤直樹氏。わたしが1994年に立ち上げた雑誌『ワイアード』の初代アートディレクターです。手書きのタイポは迫力です。デザイン・ラフを見たときに驚きました。ちなみにカバーを外して出てくる天地が逆の写真は、わたしが上海で撮影したスナップです…(汗。 カバーのサイズが本体より小さいのは乱丁ではございませんので、書店の方は返本なさらずに…。
なお、ブックカバーには仕掛けがしてあって、カバーを外すと本当の表紙が現れます。
そして本を逆さまにすると、このとおり。逆さまといい、図柄といい、なんて暗示的なのでしょうか。
そして小林氏、愛称コバヘンさんのブログはもっとアートでエロスだったりするのですから面白いものです。
Niche Media Lab : ニッチメディアラボ: 小林弘人の履歴また、kobanicaの名義で作家活動を展開中。アートや文学系に興味のある方はこちらのブログをご覧ください(警告 18歳未満の方、良識ある方、公的な場からのアクセスはご遠慮ください)。
あえてリンクしませんので上記リンクからたどって下さいませ。